1994年に19歳で脱北した著者による手記で、1997年に出版された『少女が見た北朝鮮』の再版。生理用品がなくて苦労したこと、シャンプーがイワシ製なので髪を洗うとイワシの匂いが残ってしまったこと、帰国者の同級生が日本から送られてきた綺麗な服を着ていて羨ましく感じたことなどが綴られる。高等中学一年生(十歳)のとき、著者はいわゆる「喜び組」の候補生に選ばれ、以後数年間、身体検査と思想検査を繰り返し受けることになる。しかし警官だった父が収賄で解雇されたため、結局「喜び組」にはなれなかった。先がなくなった父は脱北を考えはじめ、韓国の放送をこっそり聴いた著者もそれを受け入れて脱北を決意した。
北朝鮮の憲法の翻訳。各条文を日本国憲法と対比させているので特徴がよく理解できる。脚注も充実している。北朝鮮の国家体制を理解する上できわめて有益な書と言える。
1980年以降7回にわたる北朝鮮取材の報告。金日成のスナップショットや農村風景など、貴重な写真が豊富におさめられている。
著者は読売新聞の元ソウル特派員。保守派の観点から韓国の北朝鮮政策を批判する。2000年の南北首脳会談に関しては、1991年の南北基本合意書にはあった軍事関連の条項がまったくないこと、持続的な対話継続のためのルールが決められていないことを指摘。また、金大中政権の北朝鮮への不正送金事件に示されるように「民族」が法よりも優先されてしまうことが韓国の北朝鮮政策を迷走させているという。
中国は既に北朝鮮を見限っており、アメリカとの取引で北朝鮮を「処分」する、と予測。
著者によれば、中朝関係は1990年代以降冷えきっている。冷戦の終結、中韓国交正常化、両国指導者の世代交替がその背景にある。金日成が毎年のように中国を訪問していたのに対し、金正日は最高指導者になってから二回しか訪問していない。「朝鮮戦争で打ち固められた血の友誼」「両国関係は唇歯の関係」というキーワードも使われなくなっている。
一方、米中関係は見かけよりはるかに強固なものだ、と著者は指摘する。中国の富豪番付で一位と二位に登場する人物にはアメリカのブッシュ一家やキッシンジャーとビジネス上の関係があるのだという。また、中国の市場経済導入を進めているのは米国留学の経験者だという。
さらに、中国経済は失業者数の増大や都市と農村の生活格差の拡大という危機的な問題を抱えており、北朝鮮にかまっている余裕はない。
したがって、中国はアメリカとの取引で北朝鮮を「処分」する。米中対立を覚悟してまで北朝鮮の現政権を支えることはない。むしろ中国は、北朝鮮処分によって代わりに台湾を得ようとするだろう。著者は2002年10月に江沢民が訪米した際の江沢民とブッシュの発言に注目する。江沢民は北朝鮮の核開発にはっきりと反対し、ブッシュは台湾の独立にはっきりと反対した。
では、北朝鮮はどのように処分されるのか。著者はアメリカの北朝鮮に対する軍事攻撃の可能性を否定する。それは中国にとって受け入れがたい。その一方、北朝鮮内部でのクーデターと中国による軍事介入、あるいは金正日暗殺作戦はありうると見る。中国はアメリカによる介入を避けるために自ら介入するというのだ。
『北朝鮮・国家安全保衛部』に続く二冊目。冒頭に脱北の経緯が記されて いる。勤務する国家安全保衛部で粛清の嵐が吹き荒れ、韓国のビデオや音楽を視聴していたことが問題にされかけたために脱北したのだという。それ以外の部分は一冊目と基本的に同じで、北朝鮮の独裁機構を解説し、民衆の惨状を訴える内容になっている。
中野徹三氏は1998年にローマ条約によって設立が決まった国際刑事裁判所で拉致事件の犯罪者を裁くことを提案。藤井一行氏は北朝鮮の体制の成立史を追い、恐怖政治や国家テロの様々な事例を考察した上で、北朝鮮の体制を「社会主義を僭称する、王冠なき絶対専制君主制」と規定する。
北朝鮮の「首領独裁絶対主義」を厳しく批判し、同時に南北統一と北朝鮮民主化の原則と戦略を示す。韓国の「平和共存主義者」、すなわち北の独裁体制との共存を主張する論者を繰り返し厳しく批判し、北朝鮮の民主化こそ南北統一の前提だと指摘。
著者は北朝鮮の「侵略的軍国主義」に対する過小評価を諌める。北朝鮮の統治者は、スターリン批判や文化大革命をきっかけにしてソ連や中国との関係が冷え込んだため、単独での武力統一の方針を決めた。しかし性急な武力統一を主張する強硬派を批判し、国内における軍備強化と対外的な平和攻勢を並行させる戦略をたてたのだという。
最近の経済改革は、著者からみれば重大な変化ではない。北朝鮮は政治中心の体制であり、政治が変わらないかぎりは重大な変化とは見なせない、と指摘する。
その他、民主主義の歴史や南北統一後の韓国の役割など、様々な問題が言及されている。
日本留学の経験を持つ韓国人によるもので、日本の植民地支配から六ヵ国協議までの歴史を受験参考書風にわかりやすくまとめている。韓国人の標準的な見解を手軽に知ることができる。
著者は東ドイツ出身で、NGOスタッフとして通算3年半北朝鮮での人道支援に携わった。本書はその間に撮影した写真を数多く掲載するとともに、消滅した祖国と北朝鮮を重ね合わせた興味深い洞察を含む。
他のすべての北朝鮮訪問者と同じく、著者も体制のさまざまなプロパガンダを見せつけられる。しかし、著者にとってそれらは「祖国」でかつて見たものと同じであり、その背後にある人民の感情を推し量ることができた。しかし、そのことを北朝鮮の人々に話すと、東ドイツと北朝鮮は違う、と強く拒否された。
援助はそれを必要とする人たちに届いているのか、という問題に関し、著者は「援助物資を受け取ることと、それを有意義に活用することは、彼らにとって二つの別個の出来事だった」と指摘している。北朝鮮側の担当者は倉庫が空になることを恐れて援助物資を使おうとしなかったのだという。著者が属する「カップ・アナムーア」は2002年10月に北朝鮮から撤退した。北朝鮮での数年間にわたる活動が十分な成果を挙げることができなかったため、北朝鮮側に大胆な打開策を提案して拒否されたのだ。北朝鮮側は変化を恐れた。
収録された写真は引き込まれるものばかりだ。平壌の豪華なモニュメントと、地方の粗末な家々。大量に動員され、ほとんど人力だけで土木作業をこなす人々。孤児院の窓からチョコンと顔を出して撮影者をうかがい見る子どもたち。
「希望−−北朝鮮の人々の多くは、人権蹂躙の体制の下で希望を失っている。彼らが希望を取り戻し、その輪が少しずつでも広がっていくために行動することが、いまこの国の外側に住んでいるわれわれに課せられた義務だと思う」。これが著者の立場表明である。
1987年の大韓航空機爆破事件に関する回想記。著者は外務省の職員として事件の第一報に接し、独自の情報網を使いながら犯人を追い、日本国籍の旅券を持ってバハレーンに滞在していた金賢姫と金勝一に辿り着く。二人は拘束された空港で自殺を図るが、金賢姫は一命をとりとめ、著者に対して「私は日本人ではありません」と語る...スパイ小説さながらのスリリングな展開。
金日成死後に書かれた金正日の論文を収録する。チュチェ思想がマルクス主義とは異なる「独創的」な哲学とされていること、社会主義「道徳」、とりわけ金日成に対する忠誠心が強調されていること、資本主義を個人主義、社会主義を集団主義と特徴づけていることなど、体制の基本的性格を理解する上で参考になる点が多い。ただし、この著作集を読んでも北朝鮮の現実の状況についての知識はまったく増えない。国家の最高指導者であるにもかかわらず、金正日は現実とは何の接点もない「哲学的」な見解しか持っていないかのようだ。
拉致事件、不正送金、帰国事業などの問題を取り上げて朝鮮総連を批判。書かれている内容は既に知られていることがほとんどで、著者自身の取材に基づく記述は少ないが、総連に関して批判すべき点を一通り網羅しているという価値はある。
外交に関する論文集。
大津留(北川)智恵子氏の「人権と体制転換−米国の対北朝鮮政策」は、人権問題を理由にして北朝鮮の体制転換を追求することは正しいか、という問題を論じている。東ドイツの例を念頭において脱北難民の保護を通じた体制転換の誘発を主張する議論には批判的。日本の植民地支配と闘った金日成の統治には政治的正統性がある、南北和解の流れの中では難民の波は決定的な意義を持たない、という。また、西ドイツが統合によって巨大な負担を強いられたことも指摘する。北朝鮮の人権問題に取り組むアメリカの市民団体や政治家の努力は、北朝鮮の体制転換を狙うアメリカ政府の世論動員という観点から考察され、その独自の意義は否定される。結論としては「まず日本が太陽となり、北朝鮮政府が統御しきれないほど同国内での存在を大きくしてみるという選択肢」を提示。
清水耕介氏の「日朝関係における国家主義的言説と市民概念」は、国家の論理の分析にすぎない従来の国際政治学を批判し、市民の論理をそこに組み入れることを主張する。貴重な問題提起ではあるが、単なる理論の提示にとどまっており、現実の国際政治が市民の論理によってどのように左右されているのかの分析はない。日朝関係に関しては右派の国家主義的言説が批判されるだけで、市民団体である「救う会」が外交に大きな影響を及ぼしていることは考察されない。
冒頭に収録されている論文「秤にかけてはならない」は、日朝首脳会談を受けて日本人と朝鮮人のそれぞれにあてたメッセージを含む。どちらも植民地支配の問題を強調し、拉致問題はそれを帳消しにするものではない、と指摘するものだが、朝鮮人に対しては「傷ついた『道徳性』を再建すること」を訴えている点が異なる。しかしどのように再建するのかは何も述べられていない。
帰国事業に関しては、日本政府が10万人もの在日朝鮮人を追放し、往来を一切認めなかった、というデマを書いている。脱北難民の問題はもちろん無視。金城一紀の「GO」や崔洋一の「月はどっちに出ている」など、在日コリアンの新しい位置を模索する文学作品や映画作品に関しても、日本人の肩の荷をおろす役割を果たしているからイヤだ、と(読まずに・観ずに)ケチをつけている。頑固派の老人の繰り言、とでも位置づけるべきか。
強制収容所を体験した脱北者の手記。2000年にフランスで出版されたものの翻訳であり、基本的な内容は著者が安赫とともに書いた『北朝鮮脱出』(文春文庫)と同じ。10代の日々に10年間を過ごした強制収容所での苛酷な生活が語られている。
韓国に亡命を果たした後、最初に開いた記者会見についての記述は興味深い。記者たちは著者が安全企画部の指示に基づいて発言しているものと疑い、意地の悪い質問を続けたという。著者は「収容所での生活や金日成政権の国民への弾圧に関する証言は、韓国が朝鮮半島の正当な代表であるという主張を支持するものとなる。しかし、だから何だというのだ。真実を話すことは必然的に体制への抵抗、批判とならなくてはならないのか」と憤慨する。
エピローグでも韓国の宥和主義に対して強い疑問が提出される。北朝鮮の対する援助は根本的な問題の解決にならない、南北統一は北朝鮮の民主化の後でなければ不可能、という。
『SAPIO』に発表したレポートを収録。RENKの中朝国境での活動の中で得た情報に基づき、北朝鮮国内の状況を伝える。特に脱北者を中心とする反体制派からの情報などは他の追随を許さない。昨年7月の「経済改革」に関する内部文書や難民の強制送還に関する中朝秘密協定なども暴露されている。
「金正日の博打政策−−なぜ難民が発生するのか」というタイトルの論文は1990年代の飢饉の分析。国際的な食糧援助がヤミ市場に影響を与えて飢饉を激化させた、という仮説を呈示している。
1993年に北朝鮮が核不拡散条約(NPT)を脱退した際、防衛庁内で作成された「K半島事態対処計画」という内部文書を解説。在韓日本人の脱出計画、難民対策、対米軍事支援などといった問題について、想定される事態がシミュレーションとして語られ、その後に内部文書の解説が続くという構成になっている。日朝戦争の実務的検討、とでも評価すべきか。
『世界』編集長が今年1月に行なった講演の記録。韓国の太陽政策のおかげで北朝鮮は1999年ごろから変化を始めており、2000年の南北首脳会談や2002年の日朝首脳会談はその成果だ、という基本認識を示している。日朝首脳会談を高く評価するが、小泉に太陽政策のような明確な理念がないために世論の批判に耐えられなかった、と指摘。拉致問題に関しては、日朝の不正常な関係の中で生じた事件なので国交正常化が解決の前提、と主張する。
非人道的な独裁政権は戦争に訴えてでも打倒すべきだ、という立場から現在の軍事情勢を分析。ただしそれほど煽動的ではなく、北朝鮮脅威論からは距離をとっている。編者の黒井文太郎氏が執筆している「『核・極秘情報』を暴露した脱北者17人の履歴」や「検証!『核疑惑』情報の怪しい軌跡」は過去の脱北者の証言や主要な核疑惑報道を並べており、いかに荒唐無稽な証言や報道が多かったかが分かる。
韓国の作家が描いたマンガ版の金正日伝。金正日は幼い頃から傍若無人で冷酷な人間として描かれている。幼い頃に弟のシューラを死なせたシーンや、軍幹部の呉振宇と激しい謀略合戦を展開したかのような記述があるが、どれほど根拠があるのかはわからない。マンガの手法も日本の水準からみれば手塚治虫以前のレベル。
拉致事件の個々のケースについて、家族へのインタビューをもとに経緯を記す。
1978年に拉致された田口八重子さんには二人の子どもがいたが、二人は田口さんの兄妹が預かり、実の子と同様に育てた。大韓航空機事件を起こした金賢姫の指導教官だった李恩恵は田口八重子さんだ、ということが後に明らかになったが、兄妹は二人の子どもに真実を知らせず、心ないマスコミの攻勢からも守りきった。
寺越昭二さん、外雄さん、武志さんが拉致されたケースに関しては、日本政府はまだ拉致と認めておらず、北朝鮮で暮らしている武志さんも「拉致された」とは言っていない。日本にいる家族の間でも対応がわかれている。
拉致被害者の家族といっても一様ではなく、それぞれ異なった苦悩や闘いがあったことがわかる本。
左翼の観点から拉致問題に関する左翼の誤りを反省し、同時に右翼の悪煽動を批判する。詳しくは完敗からどう立ち直るのかで。
北朝鮮の工作員だった過去を持ち、脱北者に対する誹謗や金正日に対する讃美を現在も繰り返している徐勝が編者の一人として名を連ねている。監修者の武者小路は序論の中で脱北者支援の背後にCIAや国際犯罪組織の陰謀があるのではないかと疑う。北朝鮮側の見解を知るのに最適な書、というべきか。
とはいえ、韓国や中国の研究者による論文も多数収録されており、参考になるものもある。中国の金熙徳氏は、日ソ・日中の国交正常化が大きな懸案を棚上げにして実現し、結果として双方の国益につながった、中国の改革・開放は日本やアメリカとの関係が改善したからこそ進展した、と指摘する。ただしこの点に関しては、トウ小平の改革開放政策は四人組体制の崩壊なくしてはありえなかった、という豊下楢彦氏の指摘もなされている。韓国出身の李燦雨氏は平壌宣言に基づく経済協力のありかたを具体的に検討している。日朝国交正常化が実現すれば日朝間だけでなく韓国を含めた三国間やそれ以外の周辺国も含めた多国間の開発協力が進むだろうという。
北朝鮮オタクによる北朝鮮入門。マンガでわかった、と言っても実際にはテキストのページが大半で、北朝鮮の外交、軍事、観光などについての基礎知識が解説されている。全体としては興味本位で、編集は粗悪だが、神浦元彰氏や豊田直巳氏のインタビュー記事が入っているのがわずかな救い。
著者は北朝鮮で寿司職人として合計13年働いた人物。金正日の専属料理人だった時期もあり、金正日と一緒に釣りや乗馬を楽しんだ経験が語られている。飢餓に苦しむ北朝鮮で特権階級の生活を楽しんだわけである。読んでいてあまりいい気はしない。しかし北朝鮮の特権階級の生活を知る上では一級の書と言えるかもしれない。
経済特区や油田開発など北朝鮮の利権に群がった政治家や、北朝鮮の暗部を見ようとしなかったマスコミや左翼勢力を追及。前者に関しては取材が甘くて決定的なものはなく、後者に関しては最近流行の左翼叩きを繰り返しただけ。
北朝鮮がある日突然テポドン・ミサイルで日本を攻撃するかもしれない、特殊部隊によるテロに訴えるかもしれない、という妄想に取り憑かれた本。そう信じることを前提として対米従属や有事法制の整備が主張され、「反戦平和主義」が罵倒される。
米朝枠組み合意に至る外交交渉を記した『北朝鮮 米国務省担当官の交渉秘録』の続編。詳しくは失敗を運命づけられたプロジェクトの記録で。
著者は北朝鮮で国家安全保衛部に15年間勤務した後、1998年に韓国へ亡命した。現在は脱北者同志会の副会長を務める。本書は他の脱北者の著作とは異なり、自伝でも内幕物でもない、北朝鮮の国家機構についての冷静な分析になっている。
第一部と第二部では国家安全保衛部の歴史や役割が、第三部では金日成死後の公安事件が述べられている。第四部では北朝鮮を理解するための基本的な概念や一般的な隠語が説明される。もっとも興味深いのは第五部「北朝鮮住民の価値観」だ。経済が破綻して配給が止まり、国家に依存することができなくなったため、首領絶対主義で教育されてきた北朝鮮の住民の価値観は急激に変化しつつあるという。中国の改革・開放の成功が北朝鮮に出入りする中国朝鮮族によって徐々に知られるようになったことの影響も指摘されている。
巻末のインタビューでは北朝鮮への援助中止や脱北難民の保護が主張される。また、保衛部の幹部は北朝鮮には戦争を起こす余力はないと考えている、という。
書かれている内容は著者が北朝鮮で見聞したであろう範囲を越えており、おそらく脱北後に得た知識が相当混じっている。個々の記述に関して文献的な根拠が示されているわけでもない。信憑性という点では疑問符が付く。脱北者同志会の幹部としての一般的な見解を示した本として受け取るべきだろう。それでも必読の書と言える。
シリーズ第三作で、著者の「人権活動家」としての日々を記す。北朝鮮国内で人道支援団体のスタッフとして活動する友人からのメール、中国での脱北者駆け込み事件の支援など。
韓国に対する著者の評価は第二作にも増して厳しくなっている。「太陽政策」を採る韓国政府は著者を絶えず監視し、ドイツでのテレビ出演まで妨害。マスメディアはきわめて冷淡で、ソウルで記者会見を開いても海外のメディアばかりだという。一方、日朝首脳会談以降の日本のメディア状況には大きな期待を寄せている。
脱北難民の支援が中国当局の摘発でたびたび失敗したことも書かれている。今年一月の「ボートピープル」計画では支援者の一人が裏切ったという。本書には警官隊に囲まれた支援者が携帯電話で失敗を伝えたときの様子も記されている。
「日本の拉致被害者はどんな生活をしていたの?」「どうして国民は貧乏なの?」「どんな音楽が流行っているの?」などといった北朝鮮に関する様々な疑問にQ&A形式で答える。手軽な北朝鮮入門。
在日コリアンの観点から日本社会を批判し続けている著者が、自伝をまじえて北朝鮮帰国事業を語った本。
1965年、著者の祖父と叔父は北朝鮮へ渡った。著者自身も次の船で渡ることになっていたが、祖母が強く引き留めたため乗らなかった。高校時代にも「帰国」を考えたが、教師に強く引き留められた。その後、1978年に母が訪朝して叔父と再会し、以後叔父から援助を求める手紙が届くようになる。それは家族を支えるので精一杯だった著者にとって負担でしかなく、叔父の死を知らされたときはホッとした、という。
著者は朝鮮学校と日本学校の双方を経験している。朝鮮学校は教師が生徒に対して日常的に暴力をふるっており、ジーパンをはいて登校したら椎間板ヘルニアになるほどの暴行を受けた。再三の暴行に耐え切れずに日本の学校へ転校すると、今度は冷たい差別が待っていた。朝鮮学校で学んだことは役に立たず、授業についていけないが、教師はその事情を理解しなかった。
本書の後半は2000年に行った中朝国境の北朝鮮難民へのインタビューによって構成されている。その中には帰国者も含まれる。北朝鮮での生活や中国での状況に関する様々な発言が紹介され、コメントがつけられている。例えば、「金日成が死んだとき、何を思いどうしましたか?」と子どもたちに質問し、5人からこんな回答を得ている。「ここは泣かなくてはいけないと思って泣きました」「みんなが泣いているから泣いた」「笑うと×がつくから泣いた」「笑っちゃった」「泣かなかったので怒られたことで涙が出てきた」。
残念なのは、付録で「北朝鮮の人びとおよび難民への支援を行っている団体」として紹介されている中に帰国者や難民を支援する団体が入っていないことだ。ハンクネット・ジャパンや日本国際ボランティアセンターが連絡先や郵便振替口座とともに紹介されているのに、北朝鮮難民救援基金や北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会はそれとは別枠でウェブサイトだけが紹介されている。「難民に関する情報を提供しているホームページ」として。本文では帰国者や難民の厳しい状況を伝えているのに、実際に帰国者や難民を支援している団体をこのように冷たく扱うのは一体なぜなのか。
日朝国交正常化交渉を1945年以降の歴史の中で位置づけ、その必要性を訴える。巻末で「日朝関係を考えるための基本書」として推薦されている10冊のうち3冊が和田春樹のものになっていることが著者の立場をよく示している。
全体として北朝鮮に対するネガティブ・キャンペーンへの対抗が意図されており、その結果として北朝鮮の問題点は全て素通りされている。朝鮮戦争に関しては、南の李承晩政権が北進統一を主張していたことや軍事衝突が頻繁に起こっていたことを指摘し、北が周到な準備で開戦したことは無視。「帰国事業」に関しては、推進した日本側に厄介払いの意図があったことを強調する一方、「帰国者」たちのその後については「その多くは、『帰胞』や『在胞』として、いまも疎外されている境遇にあると思われる」という冷たい一言で片付ける。1980年代以降の経済停滞については単に事実を指摘するだけで、原因を検討せず、1990年代の経済危機に関してはソ連の崩壊や自然災害にその原因が求められる。内部的な問題は何もないかのようだ。拉致問題に関しては5人の拉致被害者を北朝鮮へ送り返さなかったことを非難し、「拉致問題解決のシナリオ」までご丁寧に示して国交交渉の再開を主張する。まるで誘拐犯の身の代金要求で、「拉致問題を解決してほしかったら国交交渉を再開しろ」とでも言いたいかのようだ。
著者は序章において「わたしはいまだかつて、北朝鮮あるいは『共和国』に何らかの幻想を抱いたことなど一度もない」と書き、日本、韓国、北朝鮮のいずれにも帰属しない在日韓国・朝鮮人の観点に立つことを宣言している。にもかかわらず、反対派が一切存在しえないほど基本的人権が無視され、権力が世襲されるまでに独裁が完成されている体制に対する批判的観点は本書には存在せず、日朝関係を考える上で避けて通れないはずの朝鮮総連に関しても何の言及もない。あるのは国家権力の論理の官僚的な解説だけである。
蓮池薫さんが拉致されてから24年間の闘いを語る。ずっと冷淡だったマスコミや政治家を厳しく批判すると同時に、「朝鮮公民として」帰ってきた薫さんを「日本人」に戻していく経緯も記す。一時帰国のつもりだった薫さんが永住帰国を決意したのは拉致事件以前の親友に繰り返し説得されたのが大きかったという。
1992年に出た『退屈な迷宮』の増補版。1987年、1989年、1991年の三回にわたる北朝鮮訪問の記録が中心になっている。豊富な知識に裏付けられた冷静な観察によって北朝鮮の状況を伝えており、「友好」を旗印に北朝鮮の悪い面を伝えない「情緒的な」北朝鮮報告とは一線を画す。北朝鮮の実状について無知な韓国人にも厳しい眼を向ける。10年経っても古くなっていないのは、著者の観察が優れているためか、あるいは現実が進歩していないためか。
著者は軍人として朝鮮戦争を経験し、休戦会談で韓国代表を務めた人物。本書は「北朝鮮は対話不可能な無法集団」という基本認識に基づいて南北統一の戦略を語る。アメリカや日本は「海洋勢力」、中国やロシアは「大陸勢力」であり、前者と連帯した韓国には自由と繁栄、後者と連帯した北朝鮮には圧制と混沌がもたらされた、という。
理論的にはトンデモ本の部類に属するが、興味深い洞察もいくつかある。著者は朝鮮戦争後の国防体制の構築に携わり、陸軍の現役兵力は20個師団で十分との結論を下した。北朝鮮に比べて少ないが、日本の明治維新や蒋介石の北伐が少ない兵力で成功した歴史から自信を得た、「少なくともこの東洋では、兵力の多寡はそれほど問題ではない。大義の旗を掲げて民衆の心を掴むかどうか、民意を味方につけられるかどうか、それが問題であることを示している」(23ページ)、ということだ。また、北の軍隊はトップの指示が無条件に実行されるので強そうに見えるが、それでは連帯感や参画意識は生まれないので一度失敗してトップの権威が失墜すれば瓦解する、とも指摘されている。
帰国事業は日本赤十字の謀略で、日本にとって厄介者だった在日朝鮮人を追放することが目的だった、と主張。日赤の外事部長だった井上益太郎が書いた「在日朝鮮帰国問題の真相」が大きな根拠になっている。さらに国際赤十字委員会はユダヤ人の虐殺を見てみぬふりをした過去があり、ナチスの手先だと非難。帰国事業に関する朝鮮総連の責任を指摘した萩原遼氏にも批判を向け、『北朝鮮に消えた友と私の物語』は友人に帰国を勧めた過去を隠している、『赤旗』平壌特派員時代に北朝鮮を賛美する記事を書いていた、と攻撃。あげくのはてには北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会やRENKは韓国情報機関の手先だと断じている。
帰国事業に関する責任をすべて朝鮮総連に押しつけようとする主張を批判したいだけかもしれないが、根拠のないレッテル貼りが多すぎる。著者自身が過去に書いた『北朝鮮 裏切られた楽土』とも論調がまったく違う。いったいどうしたのか。
アメリカで発行されている外交問題専門誌『フォーリン・アフェアーズ』の編集により北朝鮮政策に関する論文を集める。強硬派から穏健派まで様々な見解があり、非常に参考になる。
ビクター・D・チャの「ブッシュ政権の対北朝鮮強硬策の全貌」は強硬派の見解を解説する。「悪の枢軸」演説以後のブッシュ政権の北朝鮮政策を分析し、クリントン政権のエンゲージメント政策や金大中政権の太陽政策とは異なる「強硬なエンゲージメント政策」と特徴づけるものだ。前者は北朝鮮の基本的意図を現体制の維持だと考え、それに対して平和共存政策で対応する。後者は在韓米軍の追放や北による南の統一だと考え、それに対して北の体制崩壊を狙う。前者は経済援助や緊張緩和政策によって北に大量破壊兵器の開発を放棄させることが可能だと考えており、後者は不可能だと考えている。ただし、後者の路線にしたがっても人道支援は必要とされる。アメリカや韓国への共感を育むためだ。
一方、米朝枠組み合意の成立に関与した経歴を持つセリグ・ハリソンの「朝鮮半島の平和的進化への道筋」は極端な穏健派で、ほとんど北朝鮮側の代弁になっている。北朝鮮の現体制が崩壊する見込みはなく、経済改革や南北交流は進んでいる、アメリカは北朝鮮と和平条約を結んで南北間の「誠実な仲介者」へと役割を変え、在韓米軍を削減すべきだ、という。
朝銀の破綻や拉致「自白」によって危機に瀕している朝鮮総連の現状をレポート。著者は総連で活動した経歴を持っているが、擁護でも断罪でもない冷静な筆致になっている。
社会主義の勝利や祖国統一のためなら多少の不法行為は許される、という「必要悪」の論理が総連を蝕んできた、と著者は指摘する。朝銀の破綻や拉致の自白によって「必要悪」が白日の下にさらされ、総連の権威は失墜することになってしまった。
著者は朝鮮総連の現状を「組織」と「コミュニティ」の葛藤として捉える。前者は祖国志向の総連中央を指し、後者は在日同胞志向の地域組織を指す。そのうえで、「組織」は硬直しているが「コミュニティ」は依然として生命力を保っている、と指摘し、後者を軸とした前者の改革を提言する。
核開発の問題を中心に1990年代から現在に至るアメリカと北朝鮮の外交史をたどる。クリントン政権の米朝枠組み合意やペリー報告、金大中政権の太陽政策にはきわめて批判的で、ブッシュ政権の「悪の枢軸」論を歓迎する観点に立っている。あとがきでは「統一コスト」を「金正日コスト」つまり金正日政権の存続に伴うコストと比較すべきだと主張している。とはいえ、最近十年間の米朝関係が一貫した観点から整理されているので非常に有益な書。
著者は軍事ジャーナリストで、日本軍事情報センターで軍事に関する毎日のニュースを解説している。本書は北朝鮮が近い将来に崩壊すると予測する観点に立って現在の北朝鮮の状況を分析。
著者は、ロシア・アメリカ・中国・韓国・日本という周辺諸国はもはや北朝鮮の存続を望んでいない、と指摘する。東北アジアの真ん中に硬直した体制が存在することは地域の経済発展にとって障害になっており、崩壊後の北朝鮮の復興特需のほうが期待できる、というのだ。
北朝鮮人民軍の弱体化も詳細に分析される。世界の軍事技術は飛躍的に進歩しているのに対し、北朝鮮の軍事技術は数十年前の水準のままにとどまっている。ミサイルも数十年前の技術によるものにすぎず、脅威にはならない。核武装もまだ実現していない。
結局のところ、北朝鮮はいつどのように消滅するのか。著者は金正日の暗殺や食糧不足による住民暴動の可能性を指摘する。アメリカが北朝鮮に戦争を仕掛ける可能性はない、と判断しているようだ。
昨年出版された『北朝鮮から逃げ抜いた私』(毎日新聞社)の姉妹篇。北朝鮮−中国−ベトナム−韓国−日本−韓国という著者の人生のうち、本書では北朝鮮、韓国、日本での日々が語られる。
一度目の韓国入りで著者は散々な目に遭うことになった。中国で国籍を偽造したことが災いし、中国人と見なされてしまったのだ。拷問を受けた後、「外国人保護所」に収容された。保釈された後は不当な裁判が続いた。やむをえず彼は船で日本へ脱出。今度は日本で不法入国者として収容されることになってしまう。語学力の足りない通訳、重要な書類に偽ってサインさせようとする当局の人間たち。またしても不当な裁判を経験することになったが、2001年、韓国政府はようやく彼を受け入れることを決めた。脱北から14年目の決着である。
日本で入管当局からひどい扱いを受けたにもかかわらず、著者は意外なほど「親日」である。彼を支援した人権団体の人々に対する感謝の念からだ。韓国で講演するときも日本の良さを強調するという。
米朝の軍事的緊張の高まりを受け、今後起こりうる第二次朝鮮戦争がどのようなものになるかを予測する。派手なタイトルに反し、冷静な論文を多く含む。
宇垣大成氏は米韓連合の北朝鮮に対する圧倒的な軍事的優位を具体的に解説。ただし米韓の「作戦計画5027号」が北朝鮮の北部地域での作戦を含んでいない、言い換えれば戦争による南北統一を想定していないことにも注目する。権景福氏は、盧武鉉の北朝鮮政策が金大中の太陽政策より宥和的で、北朝鮮の武力挑発を容認しない、という原則が欠けていることを危惧する。一方、小此木政夫氏は第二次朝鮮戦争を回避するための仲介役として適任なのは日本の小泉政権だと指摘。
軽めのスタンスで北朝鮮に関する雑学的な知識を集める。「美女応援団」、宣伝ポスター、マスメディア、映画、音楽、北朝鮮関連本の紹介など。門間貴志氏が北朝鮮映画史を解説した「北朝鮮シネマ総覧」はとくに興味深い。
北朝鮮の高等中学校で使われる教科書『偉大な首領金日成大元帥様の革命歴史』の一部を翻訳したもの。1980年から1994年(金日成の死)までをカバーする。
ほとんど全ての段落に「偉大な首領様」が登場する。「偉大な首領様におかれては、主体72(1983)年3月、軽工業部門の指導的な働き手の協議会でされた演説をはじめ、いろいろな労作で、軽工業発展のための綱領的課業を明らかにして下さり、その実現のための闘争を賢明に導かれた。/偉大な首領様におかれては、まずすでにある軽工業工場をフル稼働させ、新しい現代的な軽工業をより多く建設し、いろいろな布地や日用品、食料品生産を大幅に増やすようにされた。」(73ページ)といった調子だ。金日成ががありとあらゆる分野を指導し、成果を挙げたことになっている。
こんな教科書で勉強しなければならない子どもたちは不幸だ、と感じる以外ないが、北朝鮮の公式の歴史観を知るには最高の資料と見ることもできる。例えば、ソ連・東欧で共産党政権が崩壊した原因は「社会主義の基本原則を守らなかったところにある」(167ページ)と書かれている。
拉致を認めた金正日と国交正常化交渉の再開で合意した小泉首相を「売国のピエロ」と激しく批判する一方、それをきっかけに北朝鮮の国家犯罪と対決する「国民戦線」が形成されつつあることを歓迎する。
また、1990年代の大量餓死は金正日による計画的殺人だったのではないか、という仮説を提示している。ソ連・東欧の崩壊によって体制崩壊の恐怖に怯えた金正日は、一方では核危機を作り出してアメリカとの「疑似戦争」を行ない、民衆の目をそらし、他方では敵対階層を餓死させて反乱の芽を摘むことにした、という。
しかし、平壌宣言は日本側の主張をほとんど採り入れたものであり、小泉を売国奴と呼ぶことはできない。餓死が計画的殺人だというのも暴論で、著者が依拠するアンドリュー・ナチオス氏はそのようなことを主張していない。もう少し冷静に分析してほしかった。
原敕晁さんを拉致した辛光洙と一時期同棲し、工作員としての活動に(最初はそれと知らずに、後にはそれと知っていながら)協力していた女性による手記。彼女の兄は帰国事業で北朝鮮に渡っていたが、辛光洙が韓国で逮捕された直後に銃殺されてしまった。そのことをきっかけに彼女は北朝鮮の体制を批判しはじめるようになる。
統一にも経済発展にも失敗した北朝鮮はもはや国家としての正統性を持たない、という観点に立ち、北朝鮮の「終焉」を展望する。
著者は1990年代に北朝鮮で起こった飢餓を他の社会主義国家で起こった飢餓と比較する。他の飢餓が農業中心の経済で起こったのに対し、北朝鮮の飢餓は工業中心の経済で起こった。また、他の飢餓が社会主義体制の初期に農業集団化をきっかけにして起こったのに対し、北朝鮮の飢餓は社会主義体制が確立した状態で政策的なきっかけなしに起こった。
いま統一すると韓国の経済的負担が大きすぎる、という指摘に著者は反論する。北朝鮮の経済が今後発展軌道に乗る可能性は低い。したがって、現状維持を続ければ続けるほど南北統一のコストは大きくなっていく。
著者は韓国人で、ソウルで日本語教師も務めている。脱北者の韓国への適応、韓国人の北朝鮮認識、北朝鮮の生活などを様々な切り口で解説する。
脱北者へのインタビューをまとめた第一章は非常に興味深い。脱北者に「北朝鮮で一番嫌だったことは?」と聞くと、多くの人は業務や生活態度を互いに批判しあう集会を挙げるという。その一方、韓国では言葉の違いや脱北者への偏見にも悩まされている。隣近所の付き合いがないソウルの人間関係を経験した人からは「韓国人は冷たい」という声も出ている。成功した、と言える脱北者は5パーセント程度にすぎないと言われているそうだ。
著者は北朝鮮で職務怠慢の罪を着せられて強制収容所に送られ、釈放後に脱北した。本書では収容所で聞いた人肉食の話や中国で聞いた脱北者の悲惨な状況が語られている。伝聞が多いのが難点。
昨年12月に開かれた日朝国交促進国民協会のシンポジウムの記録。和田春樹や高崎宗司のようなデマ宣伝専門の論者が中心になっており、ひどい発言ばかりだが、伊豆見元氏の「米朝チキンゲームの先をおそれる」は参考になる。伊豆見氏によれば、ブッシュは2004年に大統領選挙があるので2003年のうちに核問題を決着させる必要があり、あまり時間がない。盧武鉉が米韓同盟を重要視しない態度を取れば、ブッシュは韓国を気にせずに北朝鮮に対して強硬策を取れることになってしまう。太陽政策を継承する盧武鉉が大統領になったことは戦争を避けるという点からはかえってマイナスかもしれない、という。
食糧配給証、教科書、肌着、軍服など、著者が収集した様々な北朝鮮製品を写真付きで解説し、北朝鮮の生活実態を探る。脱北者の手記からしか窺うことができなかった北朝鮮の民衆の生活を具体的なモノを通して知ることができる。
日朝交渉で議題になっている様々な問題についての論文集。岩波書店・日朝交渉とくれば和田春樹の名前が真っ先に浮かぶが、この本には関わっていないようだ。そのためか、なりふり構わず国交正常化を推進するのではなく、個々の問題を冷静に論じているものが多い。ただし難民問題や帰国者問題に全く触れていないことは大きな欠点。
最も興味深いのは朱建栄氏の「中国−−血で結ばれた関係のゆくえ」だ。中国と北朝鮮の関係は1990年代前半に悪化していたが、1995年以降北朝鮮の食糧危機が深刻化したことを見た中国政府は北朝鮮の崩壊を阻止する方向へ政策転換した、と指摘している。北朝鮮難民を保護しないのも北東アジア版の「ベルリンの壁の崩壊」を避けるためだという。
著者は金正日の警護官を務め、何不自由ない金正日の生活に接し、自らも厚遇を受けて暮らしたが、除隊後にその生活と一般社会とのあまりの落差に気づき、韓国への亡命を考えるようになる。しかし一回目の脱北で北朝鮮の公安に捕まってしまい、政治犯収容所へ送られて5年ほどそこで暮らすことになってしまった。1999年に奇跡的に「将軍様の配慮で」出所することができ、再び脱北した。著者は北朝鮮の頂点と底辺を体験したことになる。
金正日の生い立ち、趣味、会ったことがある人たちによる人物評など。経済や軍事に関する発言も拾っている。金正日は北朝鮮の経済の実情をよく認識しているが、改革しようとしても成果をあげることができないでいる、とのこと。軍事に関しては北朝鮮の軍には戦争遂行能力があると指摘している。
日朝首脳会談以降の「拉致一色」の北朝鮮報道を批判する。だが、その論理は「人権と報道・連絡会」の従来の主張とは大きく異なっており、人権の観点が著しく欠けている。詳しくは看板をかなぐり捨てた「人権と報道・連絡会」で。
最近数年間に出版された北朝鮮関連の本を取り上げ、「北朝鮮ネガティブ・キャンペーン」に反撃することを意図。『現代コリア』グループ、萩原遼、ノルベルト・フォラツェン、張明秀、李英和といった人たちの本から片言隻語を取り上げ、ノルベルト・フォラツェンは「壁をこわそうとしてつくってしまう男」、李英和は「直情的行動の人」、といった調子の罵詈雑言を浴びせている。「煽動的」な北朝鮮批判を批判しておきながら冷静な分析は全くみられない。名誉毀損訴訟の証拠物件というべき本。