1990年代の飢餓を分析し、援助をめぐる論争に一石を投じる。詳しく紹介すべき本なので別ページで。
著者の金龍華さんは1988年に北朝鮮から脱出し、中国−ベトナム−中国−韓国−日本とアジア各地を放浪し、2002年にようやく韓国で亡命が認められた。本書は北朝鮮脱出から1995年の一度目の韓国入りまでを記す。
金龍華さんは物乞いをしたり飲食店を営んだりしながら何度も韓国亡命を試みた。1992年の中韓国交樹立後に北京の韓国大使館で亡命申請するが門前払い。脱北者のネットワークを作って韓国行きを目指したが当局の取り締まりにあって挫折。ベトナムまで旅行してハノイの韓国大使館で亡命を希望したが資金援助を得ただけで追い返された。そして再び中国へ戻って船での韓国行きを試み、二度目に成功した。
北朝鮮や中国の公安による追跡から逃れながら、何度もどん底に突き落とされ、何度も恩人に出会って助けられたことが綴られており、波瀾万丈の脱北記になっている。
「救う会」の歴史を各地の集会の状況も含めて詳細に記述し、声明や重要な新聞記事なども収録。拉致問題の全容がわかる。
金正日政権のもとで進んでいる「経済改革」を様々な側面から分析する。「下の創意工夫を求めながら中央による管理指導、外資導入を探りながら北朝鮮の自主性というたがをはめずにいられないところに北朝鮮経済の矛盾と限界がある」というのが基本的な視点。昨年7月の「経済改革」に関しても、目的はむしろ自由主義の排除だと指摘している。
新義州や開城の「限定開放」、京義線の連結、ジャガイモ増産など、ここ数年間の動きをもれなく拾っている感じはするが、一つ一つのトピックに対する掘り下げはあまり深くない。新聞記事をつなぎ合わせただけのような印象も受ける。しかし北朝鮮の経済に関する本はほとんど出ていない中では貴重。
拉致、食糧危機、強制収容所、ミサイル、朝鮮総連などといった様々な面から北朝鮮に関する基本的な疑問に答える。例えば、なぜ拉致を認めたのか、という疑問に対しては、経済破綻で日本のカネが必要になったから、と答えている。その上で、日本政府は経済援助や食糧支援をカードとして拉致被害者の全員解放を北朝鮮政府に要求すべきだ。と主張。
「救う会」副会長として書いてきた論文を収録。なぜ北朝鮮は日本人を拉致したのかを解明し、拉致問題を棚上げにした日本政府のコメ支援や金大中政権の太陽政策を批判する。
前作『北朝鮮という悪魔』が著者の体験をつづったものであるのに対し、本書は伝聞を中心に北朝鮮社会の様々な問題を記している。1998年に金正日が中国商品の排斥を指示し、中国商品なしでは成り立たない各地の市場が大混乱に陥ったこと、中国から脱北者が強制送還される際、送還にかかるコストの見返りとして木材が提供されていたこと、ある党幹部が蔵書を検閲され、孫が金日成の写真に落書きしたのを発見されて処罰されたことなど。情報源は伝聞であり、脱北後に得た知識で書いていると思われる箇所もあるため、信憑性はそれほど高くない。
2002年10月末から11月はじめにかけて北朝鮮国内を自転車旅行した際のレポート。著者はジャーナリストだが、旅行自体は観光ツアーにすぎないので内容のあるレポートはほとんどない。「拉致と飢餓の真相にせまる」というサブタイトルに反し、拉致に関しても飢餓に関しても実際に取材できたわけではない。市川修一さんが溺死したという海水浴場を訪れ、遠浅であることを確認して溺死説に疑問符をつけたのが唯一の成果。あとは取材を規制しようとする北朝鮮側の案内員に何度も抗議したことを得々と書き連ね、取材と関係なく北朝鮮の体制に罵詈雑言を浴びせているだけである。
今年5月に瀋陽の日本総領事館に駆け込んだキム・グァンチョルさん一家と、一家を救出した文国韓氏の手記。
グァンチョルさんは1999年に中国に脱出し、文国韓氏と出会うが、2001年に妻のイ・ソンヒさん、娘のハンミちゃんとともに中国の公安に捕まり、強制送還されてしまう。ソンヒさんは幼いハンミちゃんがいるからというので釈放され、グァンチョルさんもどうにか脱走に成功し、再び中国に出ることができた。
グァンチョルさん一家は『涙で描いた祖国』を書いたチャン・キルスさんの家族と親戚関係にあるが、2001年に捕まった際、別に捕まったキルスさんの母や祖母と拘留場で一緒に取り調べを受け、文国韓氏の救援運動や『涙で描いた祖国』をめぐって互いに罪をなすりつけあうことになった。この点の記述は他の脱北者の手記には見られない異色なもので、読んでいて本当に暗い気分になる。
徐勝や和田春樹は一連の駆け込み事件を「企画亡命」と呼び、反北朝鮮の意図を持った計画的事件であるかのように言っているが、それが全く事実に反することは文国韓氏の文章を見ればわかる。彼はちょっとしたきっかけで中国にいるキルスさん一家やグァンチョルさん一家を支援することになり、一人で「キルス家族救援運動本部」を名乗っただけなのだ。
日朝首脳会談を受け、1997年に出版された著書を全面的に改訂したもの。北朝鮮の政治・経済・社会・軍事・外交を解説する優れた北朝鮮入門になっている。
初版以来、著者は北朝鮮を「儒教社会主義」と規定し、儒教の権威主義的な価値観が市民社会の形成を妨げているので短期的な体制の崩壊はない、と指摘してきた。また、北朝鮮には石油の備蓄がほとんどないので戦争に訴えることはできない、とも指摘してきた。
日朝国交正常化に関しては、北朝鮮の民主化と人権問題の解決のために必要、という立場をとっている。正常化すれば自動的に民主化や人権問題の解決が実現する、という意味ではなく、それを外交の目標として正常化交渉を進めるべきだ、という意味である。
日朝首脳会談以後の拉致問題をめぐる状況を整理し、拉致被害者全員の解放を強く訴えるとともに、拉致を否定してきた政治家や知識人の責任を問う。有本恵子さんの両親の手記も。
様々な角度から金正日の実像に迫る。金正日は1970年代から1990年代にかけてどのように偶像化されていったのか、公式の伝記ではどのように描かれているのか、といった分析や、金正日を直接知る亡命者たちの証言など。
元の版は1997年に出版されているため、記述が古い部分もある。北朝鮮の体制を党中心の体制と捉えている点などだ。重村智計氏が『北朝鮮データブック』などで指摘する通り、現在は党よりも軍が中心になっていると考えるべきだろう。また、金正日の人物像の記述ばかりで、思想や政策についての分析が少ないのも残念だ。
新版には日朝首脳会談後に行われた安明進氏へのインタビューも収録されている。拉致問題に関する北朝鮮の発表の疑問点を一つ一つ指摘している。
1999年に刊行された『北朝鮮100の新常識』の大幅改訂版。北朝鮮が日朝首脳会談を受け入れた背景にはブッシュ政権の脅威や国内の経済的苦境があると分析している。国交正常化に関しては「日本は国益を忘れるな」と慎重論をとる。北朝鮮の改革・開放の可能性にも否定的。
日朝首脳会談の際に北朝鮮が伝えた「拉致被害者8人死亡」説を謀略と断定し、被害者家族や「救う会」がそれに反撃していった経緯を記す。巻末には北朝鮮が提出した資料や外務省の現地調査結果が収録されている。情報としてはテレビや新聞に出たものばかりだが、まとめて読むことができるのはよい。
謀略とまで言えるかどうかは疑問だが、北朝鮮の「死亡説」には確かに不審な点が多い。実行犯の辛光洙や「よど号」グループもまだ処罰されていない。今後も厳しい追及が必要だろう。
北朝鮮はパキスタンと秘密協定を結んで核開発を進めており、核弾頭も既に持っている、ソウルの地下に南侵用トンネルを掘っている、朝銀は北朝鮮に不正送金している、など、北朝鮮バッシングのために荒唐無稽な議論を総動員。
不審船、麻薬、拉致などの問題をネタにして北朝鮮バッシングを展開。マトモなのは北朝鮮軍の弱体化を指摘して脅威論を斥けている神浦元彰氏の論文だけ。
1999年に刊行された『娘をかえせ息子をかえせ』に加筆修正したもの。拉致事件の個々のケースを検証している。1978年に起こったレバノン女性の拉致事件についても調査されており、非常に参考になる。著者はテレビ報道の世界で活躍しており、拉致問題に関して最初に安明進証言を引き出した人。
著者は1960年に日本から北朝鮮へ「帰国」し、平壌の研究所に職を得るが、旅行証を持たずに旅行したことで地方へ左遷され、厳しい生活を強いられた。しかし1985年、訪問団として日本で実業家をしている妻の兄がやってくると状況は一変。平壌の研究所に戻れることになり、さらには中国で外貨稼ぎの事業をすることになった。しかし妻の兄が北朝鮮での合弁事業に失敗して破産し、著者自身もふたたび転落して北朝鮮から脱出する以外なくなった。1998年に脱出して現在は日本に住んでいる。
60年代前半に帰国者たちが「里帰り署名運動」を起こして弾圧されたことや、90年代前半にミサイル開発に従事して日本から部品を調達したことなども書かれている。
タイトルを見ると亡命した元工作員の手記のようだが、実際はそうではない。北朝鮮の工作員として韓国で逮捕され、非転向長期囚として33年間過ごした後、南北首脳会談の成果によって北朝鮮に送還された人物の手記である。
本書では主に33年の獄中生活が語られる。北朝鮮の収容所を体験した人たちによる手記と比べてみると、韓国の刑務所の人権侵害はごく普通のレベルだということがわかる。例えば、著者は1990年初めまでは刑務所の中でアイスクリームが買えたのにその後禁止されたことに不満を述べている。日本から送られた支援金が為替変動で目減りしてしまったとき、当局に抗議して謝罪させてもいる。脱北者の手記には決して出てこない記述だ。
朝鮮戦争の休戦交渉から1990年代の核危機にいたる北朝鮮の外交をアメリカ共和党系の観点から分析。北朝鮮を一貫して「ならず者国家」として描き出そうとしており、米朝枠組み合意にも批判的。枠組み合意の交渉に携わったケネス・キノネスの『北朝鮮 米国務省担当官の交渉秘録』とは正反対の観点に立つ。
枠組み合意は「核開発を再開するぞ」という脅しのチャンスを北朝鮮に残している、という説も紹介されている。これはつい最近現実のものとなった。
北朝鮮難民はなぜ北朝鮮から脱出し、中国でどのような生活を送り、何を望んでいるかを解説。著者は長期にわたって北朝鮮難民の取材を続けており、この問題に関して最も信頼できるジャーナリストと言える。
著者によれば、北朝鮮難民の意識は取材を始めた1990年代半ばから現在までの間に大きく変わってきた。以前は食糧を求めての脱出だったが、現在は自由を求めての脱出が多く、中国の改革開放政策の成功や韓国の豊かさについても知識を持っている人が増えたという。
同時に出版された『北朝鮮難民』が総論だとすれば、こちらは各論になっている。中国の農村の朝鮮族青年に嫁いだ女性の難民、韓国への亡命に成功した元帰国者、中国で潜伏して反体制運動の可能性を探る青年などが登場する。
中国のある家で6人の脱北者と一週間ほど同居したときの体験が非常に興味深い。6人は別々に北朝鮮から脱出し、その家に保護されていたのだが、表面的にはあたりさわりなく付き合いながら、陰では互いの悪口を著者に告げたという。彼らは帰ることになった場合の安全を考えると他の脱北者を信用するわけにはいかず、逆に怨みを買うことも避けたい。しかし著者に対しては自分だけが助かりたい一心で他の脱北者を追い落とそうと画策した。著者はこれが北朝鮮の社会なのだと納得したという。このような考察は脱北者自身の手記にはなかなか出てこない貴重なものだ。
1983年にロンドンで有本恵子さんを騙して北朝鮮へ送り込んだ八尾恵さんの手記。短期の留学のようなつもりで北朝鮮へ渡り、「よど号」グループの柴田隆広と結婚させられた経緯や「よど号」グループの実態が書かれている。基本的には高沢皓司氏が『宿命』で書いている内容と同じだが、当事者による言葉としての重みがある。望まない結婚を押しつけられた八尾さんが有本さんを拉致して自分と同じ目に遭わせることになってしまう経緯は悲劇というしかない。
不審船、拉致、難民駆け込み事件などを取り上げ、北朝鮮に対する様々な 批判に反対しながら、日朝国交交渉の推進を主張する。
拉致問題に関しては、安明進証言が時期によって大きく変化していることをとらえてその信憑性を疑い、拉致問題は根拠のない疑惑にすぎないかのような印象を与えようとしている。瀋陽の駆け込み事件に関しても、駆け込んだ人たちの声明文をとりあげて「とびぬけて強い意志と行動力と政治的主張をもった一族であり、普通の食糧難民ではない」と断定し、支援団体の政治性を疑っている。
和田春樹は以前北朝鮮の体制を「遊撃隊国家」と規定していたが、1998年に「正規軍国家」と呼ばれるべき体制に移行したのだという。権力構造が党優位から軍優位へ変わったことは重村智計氏も『金正日とビンラディン』で指摘しており、「クーデター」とまで表現しているが、和田は「北朝鮮は『軍重視思想』とか『先軍政治』とか言ってはいるが、基本的には平和を望んでいることが、2000年6月の南北首脳会談で示されたと言っていい」という認識を示している。
和田は日朝国交促進国民協会事務局長という政治的立場を持っており、発言はその立場からのものである。だから拉致問題や難民問題を人権問題とはとらえず、政治的背景を詮索して被害者や支援団体を中傷することになる。今の日本で最も悪質な論者と言うべきだろう。
「よど号」グループのリーダーだった田宮高麿と結婚し、現在も平壌に住む著者が田宮の思い出を語る。高沢皓司氏や八尾恵氏が「よど号」グループの実態を暴露したことに対抗することを狙ったのだろうが、具体的な反論はなく、ヨーロッパで有本恵子さんを拉致したことについても全く触れていない。ひたすら亡き夫を賛美するだけの気色悪い内容。
北朝鮮から中国へ三度脱出し、その都度強制送還されて三度目に拷問で死んだ男性の手記。著者は1999年8月に最初に中国で捕まり、強制送還されて最初の監獄生活を経験する。韓国安企部との関係を「自白」させて手柄にしようとする警官から激しい拷問を受けるが、彼は監視の隙をついて脱出に成功。しかし中国へ再び越境したところですぐに捕まり、今度は中国の警察にも拷問を受ける。著者は強制送還されるが、再び一瞬の隙をついて脱出した。この手記はその後に書かれたが、原稿が北朝鮮当局につながっている人物に渡ってしまったために三たび捕らえられ、ついに北朝鮮で拷問の末に死んだという。
本書で書かれている監獄の実態は1980年代に強制収容所を経験した姜哲煥・安赫による『北朝鮮脱出』が書いているものと同じであり、現在でも状況は変わっていないことが分かる。最近は大使館や領事館への駆け込み事件が頻繁に報じられ、その全てのケースで当事者は「人道的措置」で強制送還を免れているが、その背後には本書に書かれているような事実も多数隠れていることは知っておかなければならないだろう。
著者は韓国出身で、1970年に漁船から拉致されて1998年に脱出するまで北朝鮮で過ごした。本書は拉致の経緯、北朝鮮での生活、脱出の苦労を記している。
拉致被害者の手記が日本で出版されるのはおそらく初めてだが、漁船で航行中に拉致されたケースなので、日本で問題になっている8件12人のケースとは事情が異なる。本書では意図に反した抑留だったことが強調されているが、工作員を養成する中央党政治学校に入学したという記述をみると、北の体制にある程度適応しつつ生活していたのだろう。1990年代の食糧危機以前にはそれなりに(もちろん北朝鮮の水準からすれば)安定した生活を送っていたことが推察される。著者はマイホームを建て、テレビを買うこともできた。
他の脱北者の手記と少し毛色が違うと感じるのは、非道の限りを尽くしている党幹部や軍人に対して著者が時々抵抗を試みていることである。例えば1993年のエピソードとしてカニ泥棒の軍人に一泡吹かせたケースが書かれている。湖でカニを捕って帰る途中、著者は軍人に遭遇してカニを奪われてしまう。しかし消沈して帰る途中に同じくカニを奪われた被害者に会い、反撃を思いつく。次の日の市場で軍人たちが奪ったカニを売り、酒盛りをしているところ見つけ、憲兵を呼び寄せて軍人たちを連行させたというのである。
脱北して韓国へ到着するまでは相当な苦労を強いられたようだ。韓国政府は中国との関係を気にして脱北者の救援に冷淡だったため、領事館には何度も門前払いを食らわされた。しかし韓国のマスコミに会ったことがきっかけでやっと領事館も重い腰を上げ、著者の帰国を認めることになった。
40年にわたって朝鮮総連で活動した著者の半生記。帰国事業の際に帰国をためらう人たちを説得したこと、総連内の朝鮮労働党細胞というべき学習組の組員となり、北朝鮮の工作船を迎え入れる侵入ポイントの開拓などのような秘密活動に従事したこと、総連がみずからパチンコ事業に乗り出して在日商工人からの献金の減少を補ったことの経緯などが語られる。事業収入の増加とともに総連の腐敗が始まったという。
著者は朝銀問題に関してテレビ番組に出演し、本書に書かれているような朝銀への総連の介入を証言した。総連の機関紙はこれに対して罵詈雑言で応えている。
著者は北朝鮮で工作員を務め、金日成の寿命を120歳まで延ばすことを目的とする金日成長寿研究所にも勤務した後、1992年に韓国に亡命した。
残念ながら工作員としての活動についてはあまり書かれていないが、北朝鮮の医学が東洋医学中心のものだということが解説されている点は興味深い。東洋医学の経絡論を研究していた金鳳漢氏が強制収容所の囚人を使って生体実験を行ない、国際学会で問題になって処罰された、という記述もある。収容所の囚人が使われたのは党や国家の支援があったからだが、党は生体実験の道徳的責任が北朝鮮の体制自体に及ぶのを恐れた、という。
朝鮮総連の北朝鮮への不正送金疑惑に関するレポート。1999年に発行された単行本の文庫化で、その後の調査をふまえた注が付いている。注では送金量は大幅に下方修正され、バブル期でも年間100億円程度ということになっている。在日商工人が朝銀に預金したカネが使い込まれた「東明商事事件」についても詳しく書かれ、朝鮮総連が朝銀の経営を支配している実態が明らかにされている。
2000年6月の南北首脳会談に関する詳細なレポート。ピョンヤンでの3日間、それに至る秘密交渉の過程、重要人物の横顔などを伝える。
原書は同年夏に出されたとのことで、当時の熱気をよく伝えていると同時に、現在からみるとやや古さも感じる。日本語版の発行にあたってその後の状況についての章が追加され、ブッシュ政権の成立が南北関係の進展にブレーキをかけたことが指摘されている。
タイトルに反し、金正日とオサマ・ビンラディンの関係はほとんど書かれていないテロ便乗本。「工作船沈没は小泉改革の成果」という見出しのついた第一章では、昨年12月に不審船を沈没させ、小泉首相が北朝鮮からの批判に対して不快感を示したことを積極的に評価する。これも小泉人気への便乗。重村氏の北朝鮮分析には当局者に直接取材した成果が盛り込まれていて参考になることが多いのだが、この本はきわめていい加減な内容になっている。
後半では北朝鮮の権力構造が党優位から軍優位へ変わったことを指摘し、それを確定させた1998年の憲法改正を「クーデター」と呼ぶ。クーデターとは大げさだが、最高権力者である金正日の役職が国防委員長なのは確かだ。
不審船、朝銀、拉致、教科書などの問題をとりあげ、北朝鮮に対して日本政府があまりにも弱腰だと批判する。日本外交はなぜ朝鮮半島に弱いのか、とタイトルに掲げた問題については、朝鮮総連の抗議が怖い、日朝間の緊張を高めたくない、植民地支配についての贖罪意識がある、といった理由を挙げている。
武力行使まで放言していた一昨年の『朝鮮情勢を読む』に比べるとだいぶおとなしい論調になっており、具体的な事実の記述も多い。北朝鮮バッシングの論理をさぐる上ではそれなりに有益な本だと言える。
様々なトピックに関する新聞記事を寄せ集めたような本。新しい事実も鋭い視点もない。ひまつぶしに使える程度か。
1995年に出版された『北朝鮮 普通の人々』の新装版。著者は北朝鮮で鉄道員として働き、シベリアの伐木工に志願した末に韓国へ亡命した。本書では自由な恋愛が許されない北朝鮮の性事情が書かれている。伝聞が多いので信憑性はあまり高くない。