金正日の生い立ち、後継者争いを勝ち残っていく過程、「愛欲まみれの」私生活、政治スタイルなどを解説。ページを開くと左がイラスト、右が文になっている。書かれていることは既存の「金正日モノ」の焼き直しにすぎず、下品なケチつけに終始している。監修者の鐸木昌之氏は『北朝鮮−−社会主義と伝統の共鳴』という優れた研究書を書いている人なのに、なぜこのような下品な本に関わってしまったのか。
保守派の観点から戦後の北朝鮮報道を追い、とりわけ朝日新聞が帰国運動や北朝鮮の社会主義を賛美していたことを批判。社会党の「国辱的」な北朝鮮政策をも槍玉に挙げる。
本書の北朝鮮報道批判は、人権と報道・連絡会の『検証・「拉致帰国者」マスコミ報道』とは正反対の観点に立っている。しかし、「敵側」と見なした報道を政治的に断罪しているにすぎないという点では少しも変わらない。
韓国は左傾化しており、このままでは金正日主導の南北統一を選択するおそれがある、という妄想にとりつかれた本。
著者によれば、盧武鉉は左翼的な発言が売り物の危険人物。米軍の装甲車が女子中学生を轢き殺した事件をきっかけにした反米気運の高まりを背景にして当選した。金大中は在野の指導者だった時代に北朝鮮から資金提供を受けており、大統領の時期には南北会談に際して北に秘密資金を渡している。
韓国の保守系誌『月刊朝鮮』の編集長を務める趙甲済との対談も収められている。趙甲済はずっと冷静で、盧武鉉は金大中ほど左傾化しておらず、イラク派兵を実施して左派を弱体化させたという側面もある、と指摘している。
ベストセラーになった『マンガ金正日入門』の続編。前作が伝記仕立てだったのに対し、本作はフィクションで金正日を描く。金正日がアメリカを訪問してブッシュと会談したり、偽名を使って日本に留学したり、手違いで収容所に送られたり。いずれにせよウソ八百を並べて金正日にケチをつけるというスタンスは同じである。マンガ作品としてもひどい出来で、小林よしのりの『ゴーマニズム宣言』と同じかそれ以下のレベル。
アメリカは朝鮮戦争で北朝鮮に負けたので北朝鮮を今でも恐れている、北朝鮮はおとりの核開発計画によってアメリカに対して無血勝利する、と真顔で主張するトンデモ本。
1991年からはじまって現在に至る日朝国交正常化交渉の歴史を記す。
著者によれば、日朝交渉の予備会談では四つの議題が合意された。(1)日朝国交正常化に関する基本問題(朝鮮植民地支配への謝罪の問題)、(2)日朝国交正常化に伴う経済的諸問題(賠償・財産請求権の問題)、(3)日朝国交正常化に関連する国際問題(核査察問題)、(4)その他、双方が関心を有する諸問題(在日朝鮮人の法的地位、日本人配偶者問題など)。著者はこの四つの議題設定、とりわけ植民地支配の謝罪と補償の問題が入っていることについて高く評価しつつ、拉致問題ばかりを問題にする現在の日本政府と国民に対して「四つの議題を自ら設定した初心を忘れないようにすべきである」と説教する。また、日朝交渉が1992年に決裂した理由について、日本側が「李恩恵」の問題をつきつけたからだ、という一般的な説とは異なり、日本側が核問題を取りあげて北朝鮮を孤立させようとしたからだ、という朝鮮総連の説明を紹介している。
1994年に戦争の危機が高まった際、日本政府は、戦争を回避するために努力するのではなく、「有事」への対応策を検討しただけだったという。その後の北朝鮮の食糧危機に対して日本がコメ支援したことについては、余剰米対策としての側面があったために北朝鮮に感謝されなかった、と指摘。
1997年に横田めぐみさんの拉致疑惑が浮上したことや、1998年に「テポドン」が発射されたことは、著者の立場からは日朝交渉を妨げる問題としてのみ取りあげられる。拉致やミサイルの問題そのものは分析されない。「こうして、拉致問題の解明とテポドン発射の中止を北朝鮮に求めることが日本政府の大きな課題になった。しかし、日朝交渉とKEDOという場を閉じてしまった日本には、北朝鮮側に働きかけるのに有効な場さえなかった」と、すべてが日本政府の責任であるかのように整理されるだけである。
韓国の「太陽政策」やアメリカのペリー報告に背中を押され、2000年には再び日朝交渉が再開された。同年の南北首脳会談も日朝国交正常化へ向けての大きな圧力となった。2000年末にアメリカでブッシュ政権が誕生し、米朝和解は頓挫。北朝鮮は代わって日本との関係改善を摸索する。その結果が2002年の日朝首脳会談となる。しかしこの会談で明らかになった「拉致被害者5人生存・8人死亡」という事実は、日本の対北朝鮮世論を決定的に悪化させた。著者はこれをメディアの反北朝鮮キャンペーンのせいにしている。あらゆる問題を無視して日朝国交正常化を自己目的化する立場が破綻したのだ、とは決して気づかない。
ともあれ、著者の立場がどれほど偏っているとしても、本書が日朝国交正常化交渉の歴史をよく整理しているのは確かだ。
帰国事業の時代背景に焦点をあてた論文・インタビュー集。
西村秀樹氏は阪神教育闘争と吹田事件を「記憶に残る」事件として指摘。阪神教育闘争とは、1948年、文部省が朝鮮人学校に対して閉鎖命令を出し、在日朝鮮人側が激しい反対運動によって撤回させた闘争。吹田事件とは、1952年、朝鮮戦争に反対する在日朝鮮人のデモ隊が警官隊と衝突し、負傷者を出した事件である。元朝鮮総連幹部の金相権氏は、インタビューで北朝鮮の抑圧的な体制を「非正道」として厳しく批判し、帰国者を送り出した朝鮮総連の責任にも言及する。在日商工人団体の役員をつとめた洪祥公氏のインタビューでは、在日商工人の北朝鮮との「合営事業」の経緯が語られている。以前は商工団体はブルジョアジー集団とされていたが、1973年に金日成の教示で「愛国者で、進歩的」とされ、以後合営事業が始まった。しかし北朝鮮では必要な生産資材を調達できずにたびたび操業が止まり、一方で莫大な政治献金を求められ続け、結局ほとんど失敗したという。佐々木隆爾氏は、朝鮮戦争によって北朝鮮の人口が激減し、労働力が足りなくなっていたことを帰国事業の背景として指摘する。ただし、帰国者が求められたのは日本で習得した知識や技術の北朝鮮への導入ではなく、ただ北朝鮮のやり方への適応だけだった。
2003年2月に行われたシンポジウムの記録、同年4月の座談会、および論文数本を収録する。シンポジウムには池明観氏、座談会には李鍾元氏や朱建栄氏が参加するなど、顔ぶれは豪華だが、そのわりに内容は薄い。シンポジウムや座談会は六ヶ国協議の前に行われており、時期遅れの感がある。
金大中政権で統一部長官を務めた康仁徳氏のシンポジウムでの報告は興味ぶかい。辞任の際、金大中は太陽政策の成果を四つ挙げたという。第一に、朝鮮半島の緊張を緩和したこと。第二に、経済活動が安心してできるようになった。第三に、南北交流によって北に変化をもたらした。以前はラーメンを送ると南の会社の名前が入ったパッケージを外して配布していたが、現在はそのまま配布しているという。第四に、金剛山の陸路観光道路ができ、鉄道も連結した。
ただし、康仁徳氏はディスカッションでの発言では北朝鮮の現体制を厳しく批判している。独裁政権を維持したまま経済改革をすすめることはできない、金正日政権崩壊後に誰が権力を握っても今よりひどいことにはならない、という。
北朝鮮の「正式な」金正日伝。幼年時代から1970年代はじめまでをカバーする。
金正日の幼年時代は神話によって彩られている。1942年、彼は朝鮮の近現代史に名を残す愛国者、革命家の家系に生まれた。「革命の聖山」白頭山での生誕は伝説のように全国に広まった。三才で迎えた正月、彼は曾祖父に筆を渡されて「金日成将軍万歳!」と書いた。1952年には学校で「金日成将軍の略伝研究サークル」を組織。1956年、中学校で校長が「朝鮮では自動車やトラクターなどの大型機械をつくる必要がない」と講演したとき、彼は奮然とたちあがって「金日成元帥の思想にまったく反している」と批判した。
大学時代、金正日は、マルクス・レーニン主義の古典ではなく金日成の著作を中心に学習すべきだ、と主張し、さらに、マルクス主義では人間が正しく取り扱われていないことを批判して人間中心の思想を確立していった。
金正日の指導はさらに様々な領域に及ぶ。朝鮮史に関しては、新羅による朝鮮統一の意義を否定し、三国統一後も渤海があったことを指摘。スターリン批判以後のスターリン主義陣営内部での論争に関しては、「領袖の権威と威信を失墜させ、革命と建設にたいする党の指導を否定する」現代修正主義を批判。文学・芸術に関しては「領袖の形象化」という課題を提起した。
軍事に関しては、金日成の軍事思想は兵器ではなく人間を中心としたものだ、と解説。核兵器については「われわれには核兵器よりも威力のある全人民の政治思想的統一がある」と発言した。さらに、人民軍を国家の軍隊ではなく党の軍隊と位置づけた金日成の思想を発展させ、人民軍は領袖の軍隊でなければならない、とした。
この伝記に従えば、金正日は金日成に対する個人崇拝を先頭に立って押し進めたことになる。金日成の時代はよかったが金正日が北朝鮮をおかしくした、という黄ジャンヨプの見解はそれなりに正しいようだ。
二人の「大先生」による時事放談本。目次をみると「内部崩壊が始まっている」「核暴発の可能性」「北朝鮮を締め上げる米中」といった見出しが並んでいる。早期崩壊の可能性も北朝鮮の軍事的脅威も否定するのが重村氏の基本的スタンスだったはずだが、これは一体どういうことか。『北朝鮮データブック』では根深い差別感情が日本の朝鮮半島論争を歪めていることを指摘していたはずなのに、本書では「儒教文化では経済発展が難しい」「賄賂がないとビジネスにならない」などと彼自身の差別感情をまるだしにしている。重村氏は北朝鮮専門家としては過去の人になりつつあるようだ。
脱北者の手記やインタビューを集めたもの。日本からの帰国者と結婚した李秀蓮さんの手記は、帰国者が北朝鮮生まれの人たちとの生活習慣の違いで苦労する事情を伝える。北朝鮮では言われたことをその通りにやるのが正しく、創意工夫は歓迎されない。ワリカンの習慣はなく、日本から仕送りを受ける帰国者は周囲からたかられることになる。食事の味付けも違う。等々。中国で脱北者を支援している金哲さんは、強制送還された脱北者が今度はスパイとして中国に出てきて、脱北者を装いながら他の脱北者を陥れたケースを記す。
脱北した元工作員による手記。拉致被害者の市川修一さん、特定失踪者の松本京子さんと斎藤裕さんを北朝鮮でみた、という証言を含む。工作員の基地で教官をしていたという。市川修一さんは北朝鮮の発表では1979年に死んだことになっているが、著者は1990年代前半に何度も見た。また、工作船に乗って日本の領海に侵入した経験も記されている。日本の警備挺の関心を引きつけ、別の場所での工作船の活動を容易にするのが目的だったという。
1995年に起こった「第六軍団事件」の顛末も詳しい。尹大日氏の『北朝鮮・国家安全保衛部』はこの事件をクーデター未遂事件として説明しているが、本書はそれを否定し、大規模な不正事件だったとしている。どちらも伝聞に基づく記述なので信憑性は低い。