8月18日、韓国の金大中元大統領が死去した。
政治的生涯の前半は韓国民主化のシンボルとしてのものだった。1971年の大統領選挙で朴正熙と争って敗れ、1973年には東京で韓国中央情報部によって拉致され、1980年には光州事件に関連して死刑判決を受けた。
民主化が実現した後、1987年と1992年の大統領選挙では敗れたが、1997年の大統領選挙でついに勝利した。大統領としての最も大きな業績は2000年の南北首脳会談だ。南北のトップが歴史上初めて会談した。金大中は南北和解のシンボルとなった。
韓国民主化のために金大中が果たした役割はきわめて大きい。そして韓国民主化は北朝鮮に対する韓国の体制の優位性を決定的なものにした。しかし彼はその優位性に基づいて南北統一をめざす方向には進まなかった。2000年の6.15南北共同宣言に記された通り、彼の提案は南北の体制をそのままにした国家連合としての連合制だった。
韓国民主化のシンボルから南北和解のシンボルへと展開した彼は韓国の左派のシンボルでもあった。北朝鮮の独裁体制を批判できないという韓国の左派の弱点を彼もまた共有していた。この弱点が克服される日はまだ見えていない。
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