6月26日、北朝鮮は六ヵ国協議の議長国である中国に核計画の申告書を提出した。アメリカのブッシュ大統領はこれに応じて北朝鮮にたいするテロ支援国家指定の解除と対敵通商法の適用終了の手続きに入った。27日には寧辺にあった原子炉の冷却塔が爆破され、各国のメディアがそれを伝えた。
昨年10月に成立した六ヵ国協議の合意文書では、核計画の申告は昨年末までに行われることになっていた。3ヶ月で行われる予定が実際には9ヶ月かかったことになる。北朝鮮の核問題については、合意が履行されたことだけに注目するのではなく、履行されるのが大幅に遅れたことにも注目する必要がある。あと半年しか任期がないブッシュ大統領には、次の段階の合意を成立させ、北朝鮮とともにそれを履行するだけの時間はない。せいぜいライス国務長官が訪朝し、クリントン政権末期のオルブライト国務長官と同様に歓迎される程度のことだ。
今回の動きの中で意外だったのは、デイリーNKの孫光柱編集局長が「北朝鮮の核の完全な廃棄に向かう実質的なきっかけになると同時に、米朝関係の改善の出発点になることを願いこれを歓迎する」というコメントを出したことだ。李明博政権の北朝鮮政策に関与している者として、あまり強く批判することもできなかったのだろう。しかし金正日体制を繰り返し批判してきた人が出すべきコメントとも思えない。残念だ。
6月18日、アメリカ国務省のライス長官がヘリテージ財団で「アメリカ合衆国のアジア政策」というタイトルの講演を行った。北朝鮮が近日中に核計画の申告書を提出すること、ブッシュ大統領はそれを受けて北朝鮮に対するテロ支援国家指定の解除と敵国通商法の適用停止の意向を議会に伝えることが明らかにされた。
講演は全体としてブッシュ政権のアジア政策を自賛するものだ。日本と韓国を共通の価値に基づく同盟者、ロシアと中国を共通の利害に基づく建設的パートナーと位置づけた上で、ブッシュ政権が各国との関係を改善してきたことを強調している。北朝鮮に関してもリビアの例を挙げながら「アメリカ合衆国には永遠の敵はいない」と語っている。
北朝鮮に関して語られたのは核問題ばかりだが、人権問題も少しだけ言及され、北朝鮮人権特使のレフコヴィッツを近いうちに東アジアに派遣することが明かされた。しかし拉致問題に関しては「日朝対話を手助けした」というだけで、テロ支援国家指定との関係は何も語られなかった。「アメリカ合衆国が人権問題で沈黙することはない」と宣言しているが、虚しい響きがある。テロの被害者が救われていないのに、なぜ核計画を申告しただけでテロ支援国家ではなくなるのか。
テロ支援国家指定の解除は目前に迫ってきた。しかし、以前にも述べてきたように、それは米朝友好の開始を意味するものではない。ライスも「我々は北朝鮮の体制の性質について何の幻想も持っていない」「北朝鮮を信頼せず、その行動を検証していく」と繰り返し強調している。この冷やかな関係が幸福な結末をもたらすことはありえない。クリントン政権時代の米朝枠組み合意が破綻したのと同じように、今回のプロセスもいつか必ず破綻する。ならず者国家の指導者とも無条件に会う、と言っているバラク・オバマがアメリカの大統領になったとしても変わらないだろう。
6月11日から12日にかけ、六ヶ国協議の日朝国交正常化作業部会再開に向けた実務者協議が北京で開かれた。拉致問題の再調査、「よど号」関係者の引き渡しが行われる方向になった。日本政府は人的往来と北朝鮮からの航空チャーター便の乗り入れに関する規制を解除し、人道支援目的の物資輸送に限って北朝鮮籍船舶の入港を認めることにした。
拉致問題の再調査が何を意味するのか、現時点では不明だ。結果的には何の成果もなく終わる可能性が高い。その一方で「よど号」関係者の引き渡しは具体的な成果と言うことができる。しかし「よど号」関係者としてであって、拉致実行犯としてではないようだ。拉致実行犯として日本政府が北朝鮮政府に引き渡しを求めているのは「よど号」関係者を含めて10名だ。「よど号」関係者以外の7名は一体どうなったのか。「よど号」関係者の引き渡しは拉致問題とは直接関係ない、という中山恭子首相補佐官の先日の発言もこれでようやく意味が理解できた。
今回の「よど号」関係者の引き渡しは最初に米朝交渉で話題となった。テロ支援国家指定の解除に関連している。私は以前、拉致問題があるかぎりテロ支援国家指定は解除されない、と予測したことがある。しかし現在の動きを見るとその予測は当たりそうもなくなってきた。そこで改めて米国務省のテロリズムに関する報告書を読んでみて、拉致問題に関しては「日本政府は北朝鮮の国家機関に拉致されたとみられえる12人の国民の消息について完全な説明を求めつづけている」と書かれているだけなのに気がついた。必要なのは説明だけだから、再調査で十分なのだ。「よど号」関係者の引き渡しと再調査が完了すればテロ支援国家指定は解除されるのだ。
米国によるテロ支援国家指定の解除という文脈でのみ日朝交渉が行われ、その結論が出ようとしている。拉致問題は置き去りにされつつある。
朝鮮新報の報道によれば、韓国の市民団体が北朝鮮へ向けて風船で飛ばしているビラに関し、5月30日の南北軍事実務会談において北朝鮮側代表が抗議した。この活動に日本の特定失踪者問題調査会が参加していることについて「日本の反動層を抱え込んで同族を圧迫しようとする親日事大的な行為であり、売国的および反民族的な行為である」と非難し、さらには「日本の反動層は、朝鮮の軍隊と人民が日増しに強まる反北策動を鋭く注視しており、日本列島が朝鮮の革命武力の攻撃圏内に入っているということをいっときも忘れてはならない」と警告している。
特定失踪者問題調査会は先月下旬にビラを飛ばしており、わずか一週間で北朝鮮側から反響があったことになる。たかがビラ程度で軍事攻撃の威嚇とは相変わらず大げさだが、抗議文には「黄海南道と開城市、江原道の軍事境界線付近の一帯を含め数十カ所」に風船ビラが達しているとの指摘もある。活動の成果を敵側が認めたようなものだ。
韓国の市民団体は6月に入ってからもビラを飛ばしており、その際に軍や警察からしつこく妨害を受けたという。政権が変わっても現場レベルが完全に変わったわけではなさそうだ。本質的に無政策だから変われないとも言えるだろう。しかし、政権の方向性がはっきりしない状況は、市民団体が世論に影響を及ぼすチャンスでもある。
時事通信の報道によれば、米朝交渉にあたっている米国務省のソン・キム朝鮮部長が5月22日、「よど号」グループについて「北朝鮮が何らかの措置を近く講じる可能性がある」と述べた。はっきり書かれてはいないが、「何らかの措置」とはおそらく日本への引き渡しだろう。
日本の警察は、「よど号」グループの森順子と若林佐喜子を石岡亨さんと松木薫さんの拉致の実行犯、魚本公博を有本恵子さんの拉致の実行犯と見なし、国際手配している。この三人が日本側に引き渡されれば、日本政府は拉致事件に関して進展があったと認めるだろう。実行犯の引き渡しは間違いなく大きな成果と言える。日本政府は米国政府が北朝鮮に対するテロ支援国家指定を解除するのを容認し、さらに食糧援助にも参加するかもしれない。
しかし、中山恭子首相補佐官はこの報道に関して「拉致問題とは直接関係ない」とコメントし、高村正彦外相も「拉致問題の進展と認められるかどうかというと大変難しい」と述べている。意図がよくわからないコメントだ。実行犯と一緒に拉致被害者も返せ、と言いたいのだろうか。そもそも「よど号」グループの引き渡しは日本政府が北朝鮮政府と交渉すべき事柄だ。米国政府に頼るのは日本政府の無能ぶりを晒しているようなものだし、成果が上がりそうだという観測が出るとその意義を否定してみせるというのも勝手すぎる。
「よど号」グループの引き渡しが拉致被害者の帰還や拉致事件の解明につながるかどうかは確かに不明だ。グループは拉致事件に関して無実を主張している。日本に帰ってきても詭弁を弄して拉致事件への関与を否定しつづけるだろう。しかし、だからといって引き渡しが無意味なわけではない。