12月19日、韓国大統領選挙の投票が行われ、ハンナラ党の李明博が勝利した。
1997年に当選した金大中が打ち出し、10年続いた太陽政策は転機を迎えることになる。この政策によって南北和解が進展し、二度の首脳会談、離散家族の再会、開城工業団地をはじめとする経済協力などが実現した。南北関係が和解を基調としてきたからこそ、米国政府は「悪の枢軸」の一角であるはずの北朝鮮に対して軍事攻撃の可能性をまったく示してこなかったし、日本政府も日朝国交正常化を目標として北朝鮮政府と交渉する姿勢を維持しつづけた。その一方、太陽政策によって韓国政府が北朝鮮政府に対して融和的でありつづけたことにより、北朝鮮政府はミサイル試射や核実験などといった粗暴な瀬戸際戦術に訴えることができた。
李明博は「北朝鮮が核を放棄し経済を開放するという決断をした場合、国際社会と協力しながら北朝鮮が10年以内に1人当たりの国民所得が3000ドルになるよう支援する」という北朝鮮政策を掲げている。一方的に援助しつづけるだけの北朝鮮政策は相互主義へと変わる可能性がある。
相互主義の政策とは北朝鮮側が応じなければ何もしないという政策であり、本質的には無政策だ。南北関係は今後全般的に停滞していくだろう。10月の南北首脳会談で合意された経済協力も絵に描いたモチに終わる。太陽政策というエンジンを失えば、米朝関係や日朝関係も進展しなくなっていく。保守系だから北朝鮮に批判的なはずで、人権問題や拉致問題に積極的に取り組んでくれるだろう、と期待するのは無駄だ。李明博の北朝鮮政策の中心課題は核問題であり、その次は経済協力であって、人権問題はまさに二の次だ。
しかし全く別のところから新しい動きが始まっている。北朝鮮国内で取材活動を行うジャーナリストが中核となって雑誌『リムジンガン』が創刊された。12月20日に日本語版のウェブサイトも開設された。北朝鮮発の情報は北朝鮮政府の公式情報だけ、という歴史がついに終わったのだ。これは韓国の大統領選挙よりはるかに重大な意味を持っている。
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