朝鮮民主主義研究センター

2007年9月23日

拉致問題のどのような「進展」が「解決」につながるか

石丸次郎氏が「拉致進展のために経済制裁に代わる政策を」というコラムを書いている。経済制裁は拉致問題の解決に役立たず、むしろ事態を膠着させてしまった、という認識に基づき、新たな政策を提案するものだ。

石丸氏は、日本政府が北朝鮮政府に対して(1)すべての生存拉致被害者の帰国(2)真相究明(3)犯人の引き渡し(4)補償を要求してきたことを「しごくまっとう」と評価する。しかし、拉致は対南工作の一環として行われたものであり、1970年代から1980年代にかけて対南工作の総責任者だった金正日が知らなかったはずはない、したがって北朝鮮政府が(2)や(3)の要求を受け入れることはありえない、と指摘する。拉致問題の全面解決にこだわると、金正日政権を打倒するか、崩壊を待つしかなくなる。被害者の両親は高齢化しており、膠着状態の長期化は許されない。そこで石丸氏は日本の警察と北朝鮮の特殊機関による合同調査を提案する。被害者の帰国を最優先とし、他の要求については棚上げすべきだという。

最近は拉致問題の「解決」ではなく「進展」が語られることが多くなった。今年2月の六ヵ国協議で合意文書が採択され、「朝鮮民主主義人民共和国と日本国は、平壌宣言に従って、不幸な過去を清算し懸案事項を解決することを基礎として、国交を正常化するための措置をとるため、二者間の協議を開始する」という条項が入ったが、これに関連して日本政府が「拉致問題の進展なくして経済支援なし」という原則を明らかにしたためだ。国交正常化のためには「解決」が必要だが経済支援のためには「進展」でよい、ということになる。

安倍首相がこの「進展」を「すべての拉致被害者の帰国という解決に向け、具体的に進んでいると、われわれが確認できること」と定義したことを、石丸氏は「原則的で正しい」と評価する。しかし、安倍政権が「進展」を経済支援の条件として提示したことは、経済支援を人道上の必要によって提供されるものではなく犯罪者に対する身代金として位置づけたに等しい。石丸氏はこの点も含めて「原則的で正しい」と評価するのだろうか。また、仮にそれで100人の拉致被害者が帰ってきたとしても、それで全てだと信じる根拠がどこにあるのだろうか。石丸氏の提言に従って真相究明や犯人の引き渡しという要求を取り下げるということは、実際の被害者数の確認を放棄するということに他ならないのだ。

真相究明や犯人の引き渡しを放棄し、同時に日本の警察と北朝鮮の特殊機関による合同調査を提案するというのもよくわからない。拉致事件の真相以外の何を調査するというのか。拉致事件を単なる行方不明事件として位置づけなおし、行方不明者の発見をめざすというのなら、石丸氏は2002年の小泉訪朝以前への逆戻りを提案しているのと同じだ。

もちろん、原則的に間違っている政策であっても、それで拉致被害者が一人でも帰ってくれば成果と見なすことは可能だ。2004年5月の第二回日朝首脳会談の際、日本政府は25万トンの食糧と1000万ドル分の医薬品の支援を約束し、引き換えに蓮池さんと地村さんの家族の帰国を実現した。家族が離れ離れになった状態が長く続いたため、やむをえない選択だったと言える。

しかし、第二回日朝首脳会談のときには誰が帰ってくればいいかが明確になっていた。帰国した5人の拉致被害者の家族だけが問題だった。現在の状況は違う。拉致被害者があと何人いるか、北朝鮮で今も生きているのは何人か、誰も知らない。これ以上の進展は、まさに真相究明と犯人の引き渡しがなければ実現しないのではないか。

今週の北朝鮮(2007/09/15-2007/09/21)
投稿者 kazhik : 2007年9月23日 11:45
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