朝鮮民主主義研究センター

2005年5月 1日

原田武夫『北朝鮮外交の真実』

著者は2003年1月から外務省の北東アジア課で北朝鮮を担当し、今年3月に退職した人物。

まず、著者は外務省に「情報力」がないことを嘆く。外務省の「情報」は内外の報道のフォローと「外交ルート」による確認作業にとどまっている、情報の真偽を検証する手段がない、それゆえ他国の工作の対象になってしまっている、とのことだ。こういった問題点は、北朝鮮で爆発が起こったと報じられた昨年9月の騒動でも浮き彫りになったという。核実験ではないか、という憶測も飛び交ったが、結局は発破作業だったらしいということになった事件のことだ。

北朝鮮班長としてこの「事件」をフォローしていた私としても、手をこまねいていたわけではない。この手の話の「常道」として、周辺国に駐在している同僚たちにあてて公式の電報(公電)を通じた指示、すなわち「訓令」を出し、「外交ルート」でこれら周辺国としての評価を聴取したりもした。

しかし、誰に聞いても「実際、何が起こったのかは分からない」といったコメントを繰り返すばかりで、およそ上司の問い=「で、結局、どうなんだ」には答えることができない。しかも、米国が最初から「匙を投げて」おり、そもそも直接的に近くて遠い国=北朝鮮で確認することができない日本としては、もはや打つべき手段はない状態だった。(31ページ)

佐藤優氏の『国家の罠』を読んだ後でこのような記述に会うと、ダメなのは外務省ではなくて著者個人ではないのか、という疑問がわく。日頃からロシアのキーパーソンと会って信頼関係を深め、スパイも使って情勢分析に役立てていた佐藤氏に比べると、上司に尻を叩かれて「訓令」をばらまいただけの著者は無能というしかない。しかし著者は自らの無能ぶりを棚に上げて(あるいは、自覚できずに)佐藤氏が属していた部署を批判する。

「検証」手段を持たず、また持つ意識も育ててきていなかった外務省の「情報担当」ほど、諸外国の情報機関にとって御しやすい相手はいないだろう。彼らは言ってみれば、熱心な学生のようなもので、たとえ当該国が作った事実であったとしてもそれを疑うことなく信じてくれる「上客」だ。(46ページ)

これは佐藤氏が去った後の外務省の「情報担当」を正確に捉えているのだろうか。あるいはそうかもしれない。『国家と罠』に書かれていることは完全な作り話で、こちらのほうが真実に近いのかもしれない。しかし私は、佐藤氏はこんな冷たい視線を浴びながら働いていたんだな、とあらためて同情してしまった。

そもそも、外務省が「爆発」の真相をいちはやく掴む必要があったのだろうか。単なる事故なら外交の問題にはならないし、核実験なら北朝鮮政府が発表するだろう。外務省の役割は外交であり、情勢分析はそのために必要な範囲でやればよい。しかし著者はそうは考えず、日本外交の大改革へと論議を誘導する。

まず、外交の目的は国富の増進、としたうえで「政経合体戦略」を提案する。狙った国に対し、日本に有利な投資条件を整備させ、それによって政情不安を引き起こしたうえで、狭義の外交によって「救世主」として登場する、というものだ。北朝鮮に関しては鉱物資源に注目し、日本の植民地時代の北朝鮮が鉱工業の生産拠点だったことを指摘してみせる。著者はハッキリとは語っていないが、植民地支配の時代へ戻り、北朝鮮を狙おうとする戦略にほかならない。

次に提案されるのが「メディア統治」。「政経合体戦略」で狙った国のメディアにアプローチし、日本に都合のよい情報を流すように仕向ける。国内のメディアに対しては、日本人同士としての同胞意識に訴えかけて団結を強める。そうすることで「政経合体戦略」に伴う軋轢を回避すべきだという。そしてさらに、狙った国の「意思決定権者」に「カネ」や「異性」を使って工作せよ、と説く。「エージェント・アプローチ」だそうだ。

著者は日朝交渉に関して「鵺」の存在を指摘する。ボトムアップでもトップダウンでもない形で外交の方向性が決まる場合があるという。

しかし問題は、外務省の上層部でも総理官邸でもない「それ以外の場所」から、鵺のように「降ってくる」場合なのだ。大体、そうした「鵺」から何かが降ってきそうな気配がある時には、幹部たちの動きと表情を見ていれば分かる。なぜなら、幹部である彼らにとっても、全く寝耳に水ということが多々あるように思えるからだ。幹部は、ある日突然、思いも寄らない相手から永田町へ呼ばれ、駈けつける。そして、渋い顔をして外務省へと戻ってきては、私たちを怒鳴りつけるのだ。「こうなったと官邸がいうからには、こうするんだ。早く作業しろ!」(160ページ)

外務省の上層部でも総理官邸でもない「それ以外の場所」、と言いながら、最後に「こうなったと官邸がいうからには、こうするんだ」という発言を出すのは、やや混乱している。「鵺」は官邸にいるのかそれ以外の場所にいるのか、ハッキリしない。しかし、おそらくは平沢勝栄氏らの動きのことを言っているのだろう。

著者は「鵺」をまったく否定しているわけではない。むしろ、若宮清氏が外務省の無能ぶりを批判した文章を『真相』から引用し、「『結果が出れば何でもアリ』という冷厳な現実主義と、そのために「鵺」が使った手段」を肯定する。平沢氏らの動きの中で若宮氏と同様に何らかの役割を果たした二瓶絵夢氏にも「A女史」として言及し、「このA女史のように、日朝関係をめぐって人知れず『鵺』の一翼を担って『活躍』している人物は、どうやら一人ではなさそうだということである。(……)そして、私が聞き及ぶ限り、それらはいずれも若き女性たちだ」と、あたかも色仕掛けの工作が行なわれているかのようにほのめかす。批判する立場からではない。「エージェント・アプローチ」として、同じ手段を外務省も使え、という立場からだ。

『北朝鮮外交の真実』というタイトルを見て私が期待したのは、日朝首脳会談を二度実現する過程で外務省がどのように動いたのかを明かしてくれることだった。その期待は裏切られた。本書にあるのは外国を工作対象としか見ないゲーム感覚の外交論だけだ。このような無能なオタクが外務省から去ったのは日本国民にとってたいへん喜ばしいことと言わなければならない。

出版:筑摩書房、2005年4月
推薦度:★★ 投稿者 kazhik : 2005年5月 1日 10:17
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