梶ピエールの備忘録。で取り上げられていた『国家の罠』を読んでみた。「ムネオ疑惑」に関連して逮捕され、懲役2年6月の判決を受けた佐藤優氏の手記だ。
佐藤氏は外務省の専門職員(ノンキャリア)で、国際情報局分析第一課でロシアを担当していた。諜報活動をしていたようだ。1991年にソ連の保守派がクーデターを起こした際には、クーデター側のイリイン共産党第二書記からゴルバチョフ生存の情報を得た。1998年3月にエリツィン大統領がチェルノムィルジン首相を解任した際には、イスラエルで「ロシアの寡占資本家と有力な人脈をもつある人物」から事前に解任の情報を得た。
日露間には「2000年までに平和条約を締結するよう全力を尽くす」という1997年11月のクラスノヤルスク合意があり、佐藤氏はそれに関連する「ロシア情報収集・分析チーム」のリーダーをつとめていた。2000年9月のプーチン訪日後、東郷和彦欧亜局長はこのチームに「いくつかの特命案件の処理」を命じた。これが本来の担当部署でありながら「外された」形になったロシア課との軋轢を生むことになったようだ。チームが鈴木宗男氏と緊密に協力して活動したことが「ムネオ疑惑」の伏線にもなった。
仕事を遂行する上で、例えば「チーム」メンバーをモスクワに出張させる場合も、本当の目的を言うことができない。そこで、関係部局から「不必要な出張ではないか」とストップがかかる。業務について説明することが、東郷局長によって厳禁されているので、私は各部局の担当者や課長に「納得できないならば、とにかく上にあげてくれ」というしかない。しぶしぶ各課が上にあげると、そこでは東郷氏による根回しが済まされているので、簡単に決済される。そうすると、当然、事情を知らない人々からは「外務省上層部がどこかから圧力を受けている。佐藤たちは一体何をしているのか」という疑念を招くことになる。(69ページ)
軋轢が生じても成果があがればよかったのだろう。しかし日露平和条約の締結は結局できなかった。そこへ田中真紀子外相が登場し、外務省の内紛に火をつけた、というのが佐藤氏の見方だ。そして結果的には田中真紀子氏も鈴木宗男氏も国会から追われることになる。
取り調べの過程で、西村尚芳検事はこの捜査が「鈴木宗男を狙った国策捜査」であることを明言したという。興味ぶかいやりとりが再現されている。
「これは国策捜査なんだから。あなたが捕まった理由は簡単。あなたと鈴木宗男をつなげる事件を作るため。国策捜査は『時代のけじめ』をつけるために必要なんです。時代を転換するために、何か象徴的な事件を作りだして、それを断罪するのです」
「見事僕はそれに当たってしまったわけだ」
「そういうこと。運が悪かったとしかいえない」
「しかし、僕が悪運を引き寄せた面もある。今まで、普通に行われてきた、否、それよりも評価、奨励されてきた価値が、ある時点から逆転するわけか」
「そういうこと。評価の基準が変わるんだ。何かハードルが下がってくるんだ」
「僕からすると、事後法で裁かれている感じがする」
「しかし、法律はもともとある。その適用基準が変わってくるんだ。特に政治家に対する国策捜査は近年驚くほどハードルが下がってきているんだ。一昔前ならば、鈴木さんが貰った数百万円程度なんか誰も問題にしなかった。しかし、特捜の僕たちも驚くほどのスピードで、ハードルが下がっていくんだ。今や政治家に対しての適用基準の方が一般国民に対してよりも厳しくなっている。時代の変化としか言えない」
「そうだろうか。あなたたち(検察)が恣意的に適用基準を下げて事件を作り出しているのではないだろうか」
「そうじゃない。実のところ、僕たちは適用基準を決められない。時々の一般国民の基準で適用基準は決めなくてはならない。僕たちは、法律専門家であっても、感覚は一般国民の正義と同じで、その基準で事件に対処しなくてはならない。外務省の人たちと話していて感じるのは、外務省の人たちの基準が一般国民から乖離しすぎているということだ。機密費で競争馬を買ったという事件もそうだし、鈴木さんとあなたの関係についても、一般国民の感覚からは大きくズレている。それを断罪するのが僕たちの仕事なんだ」
「一般国民の目線で判断するならば、それは結局、ワイドショーと週刊誌の論調で事件ができていくことになるよ」
「そういうことなのだと思う。それが今の日本の現実なんだよ」
「それじゃ外交はできない。ましてや日本のために特殊情報を活用することなどできやしない」
そういうことはできない国なんだよ。日本は。あなたはやりすぎたんだ。仕事のためにいつのまにか線を越えていた。仕事は与えられた条件の範囲でやればいいんだよ。成果が出なくても。自分や家族の生活をたいせつにすればいいんだよ。それが官僚なんだ。僕もあなたを反面教師としてやりすぎないようにしているんだ」(287-288ページ)
厳密に言えば不正だが以前は許されていたことが、最近は許されなくなってきた。一般国民は現在の基準で過去の行為を断罪する。そして「国策捜査」が始まる。西村氏の言葉として語られているのはこんな考え方だ。それでは外交などできない、と佐藤氏は反発している。
西村氏の「時代のけじめ」という言葉がどういう意味なのかは説明されていない。しかし佐藤氏はさらに考察を進め、どのような時代の変化が「国策捜査」の背景にあるのかを理解しようとする。そして小泉政権成立後の二つの大きな政策の変化を指摘する。第一は内政におけるケインズ型公平配分路線からハイエク型傾斜配分路線への転換。地方への富の再分配を停止し、競争原理を強化する方向だ。第二は外交における地政学的国際協調主義から排外主義的ナショナリズムへの転換。国際協調の中で国益を増進しようとするのではなく、自国の利益のみを一方的に追求する方向だ。そして鈴木宗男氏はケインズ型公平配分路線と地政学的国際協調主義を体現する政治家であり、それゆえにターゲットになったのだと分析する。
外交の変化に関しては、佐藤氏は別の説明も試みている。ソ連崩壊後、外務省の中には三つの考え方があった。第一はアメリカとの同盟関係を強化すべきだと考える親米主義。第二は中国と安定した関係を構築すべきだと考えるアジア主義。第三はアジアの大国の中でもっとも疎遠なロシアとの関係を改善すべきだと考える地政学論。この中で、まず鈴木宗男氏や佐藤氏が体現していた地政学論が葬り去られ、次に田中真紀子氏とともにアジア主義が後退したため、親米主義が唯一の路線として残ったのだという。
梶ピエールの備忘録。では、本書は日本外交を理解するための社会科学的な「モデル」を提示していると評価されている。私が理解したところでは、その意味で興味ぶかい記述は二種類に分けることができる。第一は、外務省の中に作られた特別のチームが、特定の政治家と協力したり外国の「協力者」を使ったりして極秘の工作活動を行ない、任務を遂行する、という外交現場の実態に関する記述。政治過程に関する記述、と言えばよいか。第二は、地政学的国際協調主義から排外主義的ナショナリズムへの転換、親米主義の勝利などとして整理されている政策に関する記述だ。
第一の点に関する佐藤氏の記述は、対北朝鮮外交に関して若宮清氏の『真相』や平沢勝栄氏の『拉致問題』が語っていることに照らして考えてみて、真実に近いように思える。どちらにもキーパーソンと言うべき政治家が登場する。ロシアに関しては鈴木宗男氏、北朝鮮に関しては平沢勝栄氏だ。キーパーソンに寄り添ってお膳立てをする役回りは、ロシアに関しては佐藤氏、北朝鮮に関しては若宮氏。佐藤氏が官僚であり、若宮氏がジャーナリストだということはこの際あまり関係がない。佐藤氏の行動は官僚の枠を越えており、若宮氏の行動はジャーナリストとしてのものではないからだ。
第二の点に関しては、地政学的国際協調主義から排外主義的ナショナリズムへの転換、という佐藤氏の仮説はあまり説得力がない。佐藤氏は、鈴木宗男氏が「北方領土」問題に関して四島一括返還論に反対したかのように批判されたことの背景に排外主義的ナショナリズムを見ている。しかし、鈴木氏は主に「疑惑の総合商社」として批判されたのであって、「売国奴」として批判されたわけではない。また、鈴木宗男とともに地政学論が退場し、田中真紀子とともにアジア主義が退場し、最後に親米主義が残った、というもう一方の説明とも整合性がない。後者の見方が正しいとすれば、鈴木氏の退場後に残ったのはアジア主義と親米主義であって、排外主義的ナショナリズムではない。
それにしても外務省は惜しい人材を失ったものだ。本書をみれば佐藤氏がきわめて有能な人物だということは明らかだからだ。「仕事は与えられた条件の範囲でやればいいんだよ。成果が出なくても。自分や家族の生活をたいせつにすればいいんだよ。それが官僚なんだ」という西村氏の言葉は、正論だが悲しい。
投稿者 kazhik : 2005年4月24日 20:01こんにちは。私のブログの記事にまで言及してくださりありがとうございます。佐藤氏の本ですが、bewaadさんのブログでも指摘されていましたが、「国策捜査」が行われた背景としての「ケインズ主義からハイエク主義へ」という経済政策面での変化の見取り図もちょっと怪しいと思います。具体的な組織内の意思決定に関する描写はものすごく説得力があるんですけどね。
梶ピエールのコメント(2005年4月25日 01:44)
こんにちは。梶ピエールさんのおかげで面白い本に出会うことができました。ありがとうございます。
bewaadさんのコメントはこれですね。
http://bewaad.com/20050417.html
kazhikのコメント(2005年4月25日 07:15)
旅限無(りょげむ)からのトラックバック(2005年5月 7日 10:38)
わたしも「国家の罠」を遅ればせながら読みました。かなり読み応えがあり、教えられることも多く、国際政治・行政・司法を理解するすぐれた本として、ネット仲間にも薦めました。
しかし違和感も消えません。週刊文春に掲載された鈴木宗男と佐藤優の対談を読みました。来週号にも続きが掲載されるそうですが、今週号を読んでみて、わたしが鈴木宗男に嫌悪感しか感じていないことをあらためて思い知りました。
鈴木は北方領土返還の道すじをつけると唱えて、北方4島へ発電所等のインフラ建設を推進した張本人です。しかし人道的援助として医薬品を送るくらいならともかく、日本国民の税金でインフラ整備までしてやり、しかも担当企業から献金を受け取っているとあっては、国を売って私腹を肥やしていると受け取れないこともありません。
ロシアが領土問題を抱えているのは日本だけではありません。日本に譲歩すれば他国からも譲歩を迫られます。戦勝国民としてのプライドもあります。11月18日の東京(中日)新聞夕刊にも、ロシア国民の7割は北方領土の返還に反対だというロシアの世論調査の結果が出ていました。
佐藤氏もこの点ではっきり鈴木を批判しているわけではなく、同調しているように思えます。佐藤氏の本がすぐれた時事問題の解説書になっている点は否定しませんが、だからと言って、佐藤氏の主張に全面的に賛成するわけではありません。
アキレスの踵のコメント(2005年11月19日 12:44)
アキレスの踵さん、コメントありがとうございます。
鈴木宗男氏、佐藤優氏を政治的な意味でどう評価するかとは関係なく、『国家の罠』は読む価値のある本だと思います。
私はスキャンダルには全く関心がありません。政治家は掲げている政策やそれを実現する能力によってのみ評価されるべきだと思っています。ちょっとぐらい私腹を肥しても結構。
そういう意味では、最近鈴木宗男氏が外務省の不正を熱心に暴いていることにはがっかりさせられています。佐藤優氏の指摘どおり、「ムネオ疑惑」の背景に外交政策の大きな転換があったのだとしたら、鈴木宗男氏は矮小な不正を暴くのではなくて日本外交の方針を論じるべきでしょう。そうしていないということは、それほど大きな政治家ではなかったということです。
kazhikのコメント(2005年11月19日 20:46)
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