2002年の第一次日朝首脳会談を受けて帰国した5人の拉致被害者は、2004年の第二次日朝首脳会談によってようやく北朝鮮に残した家族と再会することができた。本書はその過程での様々な思いを語っている。
蓮池透さんと言えば、以前は北朝鮮に対する強硬な発言で知られていた。『噂の真相』が「対北朝鮮外交で強硬派をリードする蓮池透『家族会』事務局長の"危険思想"」などという特集を組んだこともあった(2003年6月号)。太田昌国氏の『「拉致」異論』も、透さんが北朝鮮への食糧支援に反対したり憲法9条の意義に疑問を呈したりした点を取りあげて批判していた。しかし第二次日朝首脳会談に至る過程では、透さんは柔軟な姿勢も見せるようになっていた。本書の基本姿勢も柔軟派としてのものだ。
透さんがみた薫さんのさまざまな苦悩が記されている。救う会が「拉致はテロだ!」というスローガンを掲げたことには批判的で、「北朝鮮を糾弾するような集会には出ることはできない」と、国民大集会への出席も最初は拒んでいた。子どもを北朝鮮に残してきたことを非難する手紙を受け取り、思い悩んでいたこともあった。警察が24時間態勢で警備しているため、気軽に外出することもできなくなった。透さんにも本音をなかなか言わず、ましてやマスコミの前では北朝鮮や日本政府の批判はぜったいに語らなかったため、本心が世間に伝わらなくなった。
救う会の経済制裁論については、薫さんだけではなく透さんも距離をおいている。「経済制裁は拉致問題解決のため、日本の強硬な態度を表明する意味で有効に使うことが得策だが、それが行き過ぎて体制を崩壊させるために目的化していくようではいけない。弟のそんな意見に、私もいつしか同意するようになりました」とのことだ。今までは透さんが薫さんを説得して「北朝鮮」を捨てさせた側面しか見えていなかったが、逆方向の影響もあったことがわかる。
家族会の内部で意見の相違があることも率直に語られる。昨年の小泉再訪朝について、救う会は拉致問題の幕引きになりかねないから絶対反対という立場をとっていた。しかし帰国した5人の拉致被害者は賛成であり、家族会の中でも賛成する者と反対する者がわかれた。透さんは賛成だった。「総理が訪朝する以外に、もはや膠着した事態が動き出す可能性はないと思っていました。権限のない外務省の人間では何度、交渉しても埓があかないのですから、トップである総理に行ってもらう以外に道はないのです」ということだ。結局、家族会が出した声明は訪朝に反対するのではなく幕引きに反対するものだった。
本書に示されている透さんの見解には、私は共感するところが多い。しかし、家族会の内部で意見が分かれてしまっていることには戸惑いも感じる。拉致被害者が帰ってきた蓮池家や地村家と、帰ってきていない他の家族との間に距離ができてしまっているのは残念というしかない。家族会、そして救う会が世論の支持を得たのは、結束して運動を続けることができたからだ。分裂してしまっては世論に影響を与えることはできない。
もうひとつ本書を読んで感じたのは、帰ってきた拉致被害者の声はやはり貴重だということだ。透さんが薫さんの意思を代弁する、という形ではなく、薫さんの声を直接聞きたいものだ。気長に待ちたい。
出版:新潮社、2005年2月
推薦度:★★★★★
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