どのような平和を望むのか

アメリカが国連さえ無視してイラクに侵略戦争を仕掛け、わずか三週間でフセイン政権を放逐して以降、「次は北朝鮮ではないか」という懸念が広く生じている。和田春樹氏や姜尚中氏は「イラク戦争と日朝関係」、青山貞一氏らは朝鮮民主主義人民共和国問題に対し日本政府がとるべき紛争抑止政策の提言についてという声明を発表した。北朝鮮に対する戦争に反対する趣旨のものだ。朝鮮民主主義人民共和国・アメリカ・日本・韓国4ヵ国に対する国際共同署名行動という運動も始まっている。「朝鮮半島・日本地域で決して戦争をすることなく、交渉と協定によってすべての国際紛争を解決すること」を求めていくそうだ。

戦争はもちろん起こってはならない。戦争に反対する声明には賛成する。だが、北朝鮮に関して戦争の危険だけが問題にされ、その解決が平和であるかのように議論されることには違和感を感じないわけにはいかない。

戦争は起こらない

なぜなら、第一に、北朝鮮の核開発をめぐる現在の緊張が戦争に至ることはまずないからだ。

北朝鮮には戦争遂行能力がない。北朝鮮経済は破綻しており、軍隊への食糧や石油の供給もままならない状況にある。軍備の水準はアメリカ・韓国・日本に比べて数十年古く、戦争になれば一方的に敗退するだけである。朝鮮戦争の際にはソ連と中国の支援が得られたが、現在の中国とロシアが北朝鮮を軍事的に支援することは全く考えられない。

アメリカ側にも戦争を開始できる条件はない。韓国、日本、中国、ロシアといった周辺諸国はすべて戦争に反対している。とりわけ韓国が戦争に強く反対しているのは重要であり、それを無視してアメリカが北朝鮮を軍事攻撃することはありえない。

実際には、現在の核危機は解決可能である。北朝鮮の目的はアメリカによる侵攻の回避と現体制の存続であり、アメリカの目的は核兵器開発の阻止である。双方の立場が本質的に対立しているわけではない。1994年の第一次核危機は米朝枠組み合意の成立によって回避されており、今回も同様の合意が成立する可能性はある。

戦争の回避は平和ではない

第二に、戦争の回避は平和を意味しないからだ。

1994年の米朝枠組み合意の後、北朝鮮では深刻な飢饉が発生した。直接的なきっかけは水害だが、その背景には体制の欠陥に起因する国土の荒廃や経済の停滞があった。三百万人が死んだと言われる。中国には数万人の難民が溢れ出し、現在でも大きな問題になっている。

飢饉に対してはアメリカ、日本、韓国を中心とする人道援助が実施され、わずかながら状況は改善した。しかし現在でも援助は必要であり、止めれば飢饉が再発するという。いつまで援助を続ければよいのかも分からない。

一般の民衆があらゆる自由を奪われている状況も変わっていない。我々は北朝鮮国内において金正日政権の公式見解を外れた意見を耳にすることはできない。北朝鮮から脱出した人たちでさえ、多くは覆面をしなければメディアに登場できないというのが現実である。政府批判がこれほど完全に抑圧されている国は他にない。

周辺諸国との関係という点では、米朝枠組み合意は単に問題を先送りしただけに終わった。核危機が再発したことが何よりの証拠である。

枠組み合意によって戦争は回避され、韓国人やアメリカ人が死ぬこともなかったが、北朝鮮の民衆は戦争が起こった場合を超える規模で死に追いやられ、生き残った人々は今なお飢餓と人権侵害に苦しんでいるのである。枠組み合意がもたらした平和は北朝鮮民衆を犠牲にした平和だった、と言うことができる。

北朝鮮民衆に平和を、金正日政権に圧力を

したがって、どのような平和を望むのか、が改めて問われなければならない。

第一次核危機以後の歴史を繰り返すことは、北朝鮮の民衆に犠牲を強いることである。ほとんど起こる可能性のない戦争に反対するだけで済ませてしまうのではなく、北朝鮮が抱えている問題を解決することで本当の平和を実現するべきだ。現在最も重要な問題は、戦争の危険が迫っていることではなく、北朝鮮の民衆が飢餓と人権侵害にさらされていることである。

4月には国連人権委員会が北朝鮮に対して人権状況の改善を要求する決議を採択した。日本政府も拉致問題の解決を要求する立場からこの決議の共同提案国になっている。このような形で北朝鮮に対する「圧力」を強めるのは、軍事力を背景にして脅迫を繰り返すやり方とは違い、積極的に賛成できるものである。

批判せざるをえない動きもある。一月に起こった中国・煙台の「ボートピープル」事件は、拘束された北朝鮮難民の強制送還、支援者や同行ジャーナリストに対する有罪判決、という結果に終わった。日本の国会で審議が進められている入管難民認定法の改定は、北朝鮮難民の受け入れにはつながらないおそれがある。中国政府や日本政府はこのような難民政策を転換し、北朝鮮難民を保護するべきだ。そうすれば金正日政権に対する大きな人道的「圧力」になる。

北朝鮮民衆にとっての平和を考える観点に立ち、金正日政権に非軍事的な手段で圧力を加えていくこと。これが今もっとも必要なことである。


朝民研
小池和彦(kazhik@yahoo.co.jp)