失敗を運命づけられたプロジェクトの記録

ケネス・キノネス『北朝鮮II 核の秘密都市寧辺を往く』(中央公論新社)

1994年の核危機から生まれた米朝枠組み合意は現在ほぼ崩壊したと言っていい状況にある。アメリカは北朝鮮への重油提供を停止し、北朝鮮は核拡散防止条約(NPT)から脱退して公然と核開発を再開した。戦争の可能性は低いが、新たな着地点は見えていない。

そんな中、米朝枠組み合意の成立と履行に深くかかわったアメリカ国務省の北朝鮮担当官による回想録が出版された。ケネス・キノネス『北朝鮮II 核の秘密都市寧辺を往く』(中央公論新社)である。2000年に出版された『北朝鮮 米国務省担当官の交渉秘録』の続編であり、前著の中心が枠組み合意に至る外交交渉だったのに対し、今回の著書では枠組み合意の履行過程が詳細に語られている。記述の中心は著者が参加した使用済み核燃料プロジェクトである。

枠組み合意の時点で使用済み核燃料棒は8000本あった。再処理すれば核兵器のためのプルトニウムを抽出することができるものだ。再処理の作業が米朝交渉によって中止されたため、燃料棒は一時的な保管場所である貯蔵プールに保管されつづけることになった。アメリカのチームが最初に寧辺を訪れた時、プールの水は濁っており、燃料棒の容器は腐食が始まっていた。この燃料棒を安全に保管しなおすことが使用済み核燃料プロジェクトの課題となった。アメリカのチームは軍備管理軍縮局、エネルギー省、国務省と民間企業二社によって構成され、著者は国務省の代表として北朝鮮のチームと様々な問題について交渉することになる。

アメリカと北朝鮮のチームが共同作業を進めるのは困難を極めた。北朝鮮のチームの副主任技師はアメリカに対する敵意に満ちており、絶えずアメリカ側の問題を探し出して攻撃した。例えばアメリカのチームが持ち込んだ小型発電機の問題があった。北朝鮮へ発電機を輸出することは経済制裁によって禁じられていたため、財務省の輸出許可がなければ北朝鮮に持ち込めなかった。財務省は発電機が北朝鮮側に引き渡されないという保証を求めた。そこでアメリカのチームは作業を終えて立ち去る際に発電機をIAEAに譲るという手段を考え出した。しかしそれは、IAEAが北朝鮮政府から輸入許可を取らないかぎりそのような譲渡は不適切だ、という北朝鮮側の怒りを招いた。

国務省関係者は枠組み合意で決められた以上のものを北朝鮮に与えないという方針を持っていたが、エネルギー省関係者の一部は気安くカネやモノを配って北朝鮮側を協力させようとした。それは長期的には「与えれば与えるほど、相手はさらに欲しがる」という結果をもたらした。

 北朝鮮人に対応した様々な体験から、私は、彼らを相手にする時は確固たる一貫した態度をとるべきだ、という結論を得ていた。彼らを喜ばせようとすると、彼らはそれを、こちらの弱さの証拠だと誤解しがちだ。ところが米国人は、柔軟になり過ぎることがある。米国の文化では、実用主義が尊ばれ、教条主義は軽蔑される。だが、異なる文化の中では、その実用主義が、一貫性のなさと不誠実のしるしと見なされかねない。妥協的な姿勢と断固たる態度のどちらかを選ぶとすれば、私は後者を推薦する。(350ページ)

ただし、「断固たる態度」とはアメリカ人の都合を一方的に主張することとは違う。著者は使用済み核燃料の貯蔵プールを写真撮影したときのエピソードを紹介している。

写真撮影の申し出は、何度も拒絶された。だが、粘りに粘ったかいがあって、最終的には、複雑な手順に従って何枚か撮影することを許可された。まず私たちは、建物の外の陽光の下に連れ出された。米国側の科学者たちは、撮りたい写真の長いリストを、そこで作成した。そのリストを半分に削った上で、私は北朝鮮側に提示した。結局、全部で五枚だけ撮影が許されることになった。チームのメンバーの一人が、撮影のため建物内に戻った。そして許された枚数を撮り終え、再び陽光の下に姿を現した。こうして北朝鮮側の指示に厳密に従ったことへの褒美として、もっと写真を撮ることが許された。この一件は、非常に貴重な示唆を含んでいた。つまり彼らの側に歩み寄り、彼らの立場に敬意を表明すれば、最終的には、当初の厳密な制限を超えることが可能になった。それとは反対に、私たちが自らの立場をとことん主張しようとすれば、北朝鮮側は、私たちが彼らの家の中の客であり、彼らのやり方に従うべき立場にあることを、私たちに思い知らせた。(61ページ)

枠組み合意の履行とは、このような異なる文化を持った、しかも互いに敵意を抱いたグループ同士の共同作業だった。関係者の努力はただ尊敬にのみ値するものだとしても、やはり最初から失敗する運命にあったとしか言いようがない。著者も「生まれ落ちた敵意にみちた環境が『合意された枠組み』に死をもたらした」(435ページ)と結論している。小規模な使用済み核燃料プロジェクトでさえ大変な苦労をしているのだから大規模な軽水炉建設のプロジェクトはまず成功しないだろう、という北朝鮮側の関係者の見方も紹介されている。

本書は間違った政策の上で苦闘した外交官の記録とも言える。本書を読んだ後、現在の核危機に関して単純に枠組み合意への復帰を主張することはできない。戦争でも枠組み合意でもない、新しい解決策が追求されるべきだろう。


朝民研
小池和彦(kazhik@yahoo.co.jp)